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1.昇降口、遠い彼女と
俺は眉間に皺を寄せて昇降口に立っていた。
正門へ続くコンクリート地面の両脇には、広葉樹が植えられている。しかし、俺が睨みつけているのはそれらではない。
用務員さんが毎日清掃しているので落ち葉一枚ない地面を、無数の水滴が打ち据えている。あまりの激しさに煙っているほどだ。これでは傘がないと、しどとに濡れることになる。
俺はずり下がってきた肩掛けカバンを引き上げて、ぐぬぬと唸った。カバンには筆箱と弁当箱、それらに押しつぶされてヨレヨレとなっている教科書、ノートが入っている。両手には何も持っていない。つまり、傘がないということだった。
この土砂降りの中、身を守る術もなく家まで歩いて帰らないといけないのだ。
上着を頭から被れば何とかなるかなあ、などと往生際の悪いことを考えていると、ふいに声をかけられる。
「元くん」
決して大きなものではないけれど、よく通る澄んだ声にハッとして振り返る。
開け放された玄関に、一人の少女が立っていた。
しけった空気でもサラサラと流れる黒髪。第一ボタンまでとめられたブラウスに、学校指定のリボン。装飾品の類はないが野暮ったいという印象はなく、野原の花のような自然で瑞々しい可憐さがあった。
「あー、会長」
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