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勤めていた会社でハラスメントに遭っていた息子は会社を辞め、妻と私のいる実家へと帰ってきた。喉が痛いらしく、声を出せないようだが、病院で治療をしており、早晩出るようになるだろうとのことだった。今はぼうっとしている時間が長いが、それも日にち薬で治ると聞いている。妻や私の声かけには反応するし、宙に文字を書いてくれるので意思疎通もできる。
息子は、生きている。
首を吊って死んだはずの息子。迎えに行った病院では、確かに医師から臨終を宣告された。ベッドに横たわる息子の顔は、生者のものではなく、苦しみの果てに抜け殻となった者の顔だった。
しかし、死んだと思われた息子は実は生きていた、ということにされた。
あの寺院で行われた儀式のことを妻はなかったかのように振る舞っている。私はあの儀式のことをハッキリと覚えていた。しかし、時間が経つにつれ、息子が元気になっていくにつれ、その記憶らしきものはどんどん曖昧になっていく。息子が死んだと思い込まされ、混乱の最中で見た幻だったのかもしれない。そう思うようになっていった。
妻は相変わらず月に一度はあの宗教の祭事へと出かけていく。私と息子はそれを笑顔で見送る。もう少し元気になったら新しい仕事を探すよ、と息子が笑う。私は無理のないように、と息子の肩を叩く。
穏やかな日常の中、私たち家族は健やかな時間を過ごしていた。
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