日常の風景

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日常の風景

 美優(みゆう)と違って(ひじり)とは高校からのつきあいではあるものの、一年の時から同じクラスであり、それなりには一緒に過ごした時間も長い。もうずいぶんと気心の知れた相手だと言っても過言ではないだろう。  美優とは一年の時はクラスが違ったが、美優がしょっちゅう僕とからんでいた事もあって、それなりに聖と美優とが話す機会も多かった。  二年になってからは美優とも同じクラスになったこともあって、こうして会話をする機会も多くなった。  ただ特徴的なのは美優だけではなく、僕に対しても敬語で喋るところだろう。もっともかといって、丁寧な話し方をしているとも言えないので、それ自体が気に掛かった事はない。ただ珍しい話し方をするなとは思う。 「ところで友希(ともき)さん。俺も訊きたいです。まだ記憶は戻っていないんですか?」  聖は意外にも真剣な表情を僕へと向けていた。  聖は口調こそ敬語だけれど、話している内容はかなりおちゃらけた話が多い。さきほどの美優の胸が湧けばいいといった発言もそうだ。なのに普段の態度とは異なるまっすぐな眼差しに、なぜか目をそらしたくなる。 「いや、だから君がバナナで滑った事は思い出したけど」 「そんな事は思い出さなくてもいいです。忘れてください。はい、忘れました。それよりも、あのと」 「あ、そんなことよりさ。友希は明日暇?」  まだ何か言いかけていた聖の声を遮るようにして美優が話し始めていた。僕が記憶を思い出していない事がわかって、もう興味が失せたのかも知れない。あるいは聖の話の方に興味がなかったのかもしれない。  もっとも美優が自分勝手なのも、聖がひどい扱われようなことも、変わらない日常の風景だ。いつも通りの事に美優はもちろん聖自体も気にも留めていないようだった。 「はい。俺、暇です。つきあいます」  僕が口を開くよりも先に、聖は満面の笑顔をむけながら手を挙げている。 「いらない」  すぐさま美優もこれ以上ないほどに優しい笑顔で答えていた。表情と言っている内容が全くかみ合っていない。あまりに変わらない日常に思わず僕も笑みが漏れる。 「君、相変わらず酷いね」 「いいの。聖だから」 「それもそうか」 「って、納得するんですか。あんたら二人とも酷いです。俺、つまはじき者ですか。村八分ですか。いいです、勝手についてきますから」  さすがに聖が抗議を声を上げるが、美優は全く気にも留めずに話を進める。 「もうすぐ夏休みでしょ。そしたら海とか行きたいよね。それで水着買いたいからつきあってよ」  美優の提案は買い物に付き合えということらしい。どうしたものかなと思うものの、やはり僕が答えるようりも先に聖がもういちど手を挙げて答える。 「はいっ、俺いきますっ。美優さんの水着選んであげます。やっぱりビキニですよね。それもハイレグがいいですかね。けど意表をついてスクール水着とい、ふぐぅ!?」  皆まで言い切る前に、美優の右アッパーが聖の顎を打ち抜いていた。 「だから殴るっていってるでしょ」 「な、殴ってからいわないでください。俺、頭がふらふらします」  聖はそのままぺたりとテーブルに頭を伏せる。今のはけっこう効いたようだ。 「そういう訳で、明日の一時に駅前で待ち合わせだから。遅れたら殴るからね」  美優は聖には目もくれずに、僕へとにこやかに言い放つ。僕が答えるまでもなく、予定は確定したらしい。 「僕の意向は無視なんだね」  今日何回目かわからないため息をもらして、でも決して嫌だと思っている訳でも無くてて、こうして美優に振り回される毎日も悪くはないとは思う。  ちらりと聖へと視線を向ける。  聖は美優のこんな内面を知った後でも、美優への態度が変わらない数少ない人間の一人だ。端から見ればお嬢様にしか見えない美優と話し始めてから、こんな人だとは面思わなかったと離れていく人は多い。  だからこそ美優も最初は猫を被っていたりするし、それほど本音をぶつけたりもしない。もしかしたら本音で話せるのは僕以外にはほとんどいないのかもしれない。  だけど聖は他とは違っていた。美優が合間に見せる本質をみても、こうして変わらずに近づいてくる。だから美優はこれでも聖のことをけっこう気に入っているとは思う。気に入っているからこそ、ひどい扱いなのだ。  それはある意味僕に対しても変わらなくて、本当に自分がしたいと思う事を遠慮無くぶつけられる相手。それが僕達という事なのかもしれない。 「だって、どうせ暇でしょ」 「まぁ、暇だけど」 「なら決まり」  美優はぽんと手の平を合わせて、それから僕へと笑顔を振りまいていた。それから少しして聖の方をじろっと睨むようにして見つめていた。 「聖。余計な事いわないなら、あんたもついてきてもいいけど」 「俺、言わないです。美優さんの言う通りにします。ビキニじゃなくてもセパレーツだったら我慢します」 「それが余計な事つってんの!」  こんどは右ストレートが炸裂していた。本当に仲が良い二人だなと思う。 「絶対ワンピースか、でなかったらタンキニにしよ」  美優は口の中でぶつぶつとつぶやきながらも、少し表情が柔らかく変わっていたと思う。たぶん口ではこう言いながらも、聖とのやりとりを楽しんでいるはずだ。そうでなければ美優は聖の同席を許したりしないだろう。良くも悪くもはっきりした人間だから。  なんだかおかしくなって、僕は美優が聖と話している間にチョコパフェを奪い取っておく。  一口分だけスプーンですくって口に運ぶ。  アイスクリームの冷えた感覚が僕の唇をゆらして、口の中に広がる淡い苦みと甘みがしっとりと絡みつく。 「あっ。友希、何すんの。私のチョコパ返して」  すぐにチョコパフェを奪ったのに気がついて、美優は自分の手元へと取り戻す。  それから大事そうに抱えると、目を細めて僕をにらみつけていた。 「私のって、お金出したの僕だろ」 「認めない」 「いや、認めないって事実」 「却下」 「いや、だから」 「問三を三十秒以内に答えなさい」 「どういうごまかし方だよ、それはっ」  思わず僕が声を荒げても、美優はまるで気にした様子もなく、むしろ奪われたチョコパフェを前に威嚇をする猫のような目線を僕へと向けている。 「とにかく私のチョコパを取らないで。今度とったら殴るから」  右手がいつの間にか握り拳に変わっていた。  たぶんこれ以上言うと本気で殴られるので、とりあえず黙っておくことにした。
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