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文化祭や合唱コンクールなどのビック
イベントが終わり、12月を半分ほど過ぎ
たいまは、通常業務の他に出願書類を揃え
たり、進路指導の面談を行ったり、何かと
忙しい。だから、退勤時刻が8時を過ぎる
ことはザラなのだが、どうしてか今日は
それらが早く片付いていた。
「飲みに行くのは構いませんが、どこ
へ行くんですか?店を予約してあるわけ
じゃありませんよね?」
世間は忘年会シーズンに突入している。
そして、来週末はクリスマスイブだ。
担任と副担任の二人で、ひっそり祝賀
会を挙げるにしても、席が空いていない
のではないか?漠然とそう思いながら首
を傾げた千沙に、御堂は目を細めた。
「店の予約ならご心配なく。この知ら
せが届いた瞬間に電話しておきました。
駅に向かう途中に小さな洋食屋がある
でしょう?あそこのテーブル席を予約
してあるんです。熱々のピザを食べな
がら、ワインで乾杯しましょう」
「………」
にっこりと、死神博士らしくない笑顔
でそう言った御堂に、千沙はうっかり
返事をしそこなう。
要するに、初めから選択肢などなかっ
たのだ。もしも、自分が「行かない」
と返事をしたら、この数学教師はどうす
るつもりだったのか?モヤモヤと、
そんなことを考えていた千沙を他所に、
「さあ、行きましょう」と御堂が出口
へ向かう。千沙は慌てて歴史資料室の
カーテンを閉めると、パチリと灯りを
消して御堂の背中を追いかけていった。
旧校舎と本校舎を繋ぐ渡り廊下を歩き、
本校舎の一階中心部にある職員室へと向
かう。誰もない廊下を二人で歩いている
と、まもなく最終下校を知らせるチャイ
ムが鳴り始めた。
――キーンコーンカーンコーン♪
完全冷暖房完備で空調の効いた校舎に、
のんびりとした鐘の音が鳴り響く。
どこかノスタルジックな響きのある
その音色を聴きながら、無言のまま廊下
の角を曲がった、その時だった。
反対側から歩いてきた二人の生徒と
鉢合わせた千沙は、思わず声を漏らした。
「あ」
「あ、ちぃ姉」
聞き覚えのある涼やかな声が自分の名
を呼ぶ。智花だ。そして、その隣には
侑久が参考書を手に立っている。
高等部であることを示すチャコール
グレーのブレザーと、最高学年である
ことを示す臙脂色のネクタイとリボン。
それらを、一分の乱れなく身に付けて
いるこの二人は、学校案内の表紙を飾っ
たモデルでもあった。
「こら、学校では先生と呼びなさい」
隙あらば、校内でも妹の顔をしてそう
呼ぶ智花を叱責する。と、智花は肩を
竦めながら、「はぁい」とかったるそう
に返事をした。
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