第三部:白いシャツの少年

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 すっかり漆黒の闇と化してしまった 窓の向こうを見やると、侑久はむんず と智花の腕を掴んで歩き出した。  「やん、たっくん。引っ張らないで ってば!先生、さよ~なら」  ずるずると、侑久に引きずられるよ うにしながら智花がこちらを振り返り、 ひらひらと手を振って見せる。千沙は その様子に苦笑いしながら手を振って やると、ほぅ、と息を吐いた。  「あの二人は本当にいいコンビです ね。妹の智花さんも蘇芳君に負けず劣ら ずの優等生だし、二人が並ぶと絵になる。 お似合いのカップルだと、周囲が持て 囃すのもわかります」  遠ざかってゆく二人の背中を見ていた 御堂が、そう言って千沙に視線を移す。  千沙はその言葉に小さく頷くと、背中 の中ほどまで伸びるやわらかな髪を揺ら しながら歩く妹に目を細めた。  自分とは真逆の容姿と性格を持って 生まれた7つ下の妹、智花。  自分と彼女を見比べる度に、  「男に生まれていれば、お前はハンサ ムな顔立ちをしているのになぁ」  と、父は無遠慮に言ったものだ。  けれど、父親の言葉は正論そのもので、 千沙は怒る気にもなれなかった。  くっきりとした二重を持つ智花とは 対症的な、一重で切れ長の双眸。細く 通った鼻筋に薄い唇は、やや冷淡な印象 を相手に与えてしまう。父の言う通り、 男に生まれついていたなら170にまで 届きそうな身長も、コンプレックスに ならなかっただろう。 ――もし、自分が妹に生まれていたら。  侑久の隣を歩く智花を見、そんな妄 想をしたこともあったけれど……。  仮に7年早く生まれたところで、王子 様のような顔立ちをした侑久に自分が 釣り合うはずもない。そんな風に、 自分を卑下するのはくだらないことか も知れないけれど、だからこそ、自分 は高山家の長女として弛まぬ努力をし てこられたのだ。  すでに、遠く離れていった二人の後 ろ姿を見つめながらそんなことを考え ていると、斜め上から声がした。  「実際のところ、どうなんです?」  「はっ?」  ふいに、御堂の声に思考を断ち切られ た千沙は、思わず間抜けな声を発した。  「だから、あの二人の関係です。付き 合っているんですか?それとも……」  その問いに、千沙は「さあ」と首を 捻る。  確かに、あの二人は仲が良く、恋仲だ と周囲から噂されていることも知って いる。が、周囲の期待に反して、二人 の仲はそこまで深まっていないように 千沙は感じていた。  おそらく、距離が近すぎるのだろう。  子供のころから共に過ごし、一緒に 風呂にも入り、同じベッドで眠る夜も あった。年の離れた自分は、そこまで 密に過ごしていたわけではないけれど。  まだどちらの口からも、「付き合っ てる」という言葉を聞いたことはない。
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