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もちろん、これから先はそういう関係
に発展するかも知れないし、もしかしたら、
口にしないだけで互いに想い合っている
のかも知れないけれど。千沙はあえて、
二人の気持ちを聞くことはしなかった。
と言うより、知りたくなかった。
「幼馴染以上、恋人未満という感じじ
ゃないでしょうか。二人の気持ちを聞い
たことがないので、わかりませんけど」
その言葉に、意外そうな顔をして御堂
が訊く。
「気にならないんですか?あなたは」
「ええ、特には。もしそうと報告され
れば、姉として祝福しますが」
「……なるほど。なら良かった」
「どういう意味ですか?」
「いえ、気にしないでください。
それより……」
「良かった」の意味がわからず眉を顰
めた千沙に、御堂が漆黒の鏡となった窓
を向く。千沙も彼の視線を追って窓を向
けば、くっきりと二人の姿が映り込んで
いる。
「僕たちもお似合いだと思いませんか?
僕には、あなただ。そう思ったから、
僕はあなたとの結婚を快諾したんです。
あなたは論理的で自戒心があって、
不確かな感情に流されることがない。
僕も同じです。長い人生を共に歩んで
いくパートナーには、そういう相手が
相応しいと思いませんか?」
決して愛の告白ではなく、結婚という
契約を共に交わすものへの賛辞のように
述べて、御堂が笑みを浮かべる。
その言葉に心がときめくことも、胸が
締め付けられることもなかったけれど、
「僕には、あなただ」という言葉には
頷けた。
――堅物教師と死神博士。
これ以上相応しい組み合わせは、
ないに違いない。
「そうですね。私もそう思います」
自戒の念も込めてそう答えると、千沙
は漆黒の鏡越しに笑みを返した。
満足そうに御堂が頷く。メタルフレー
ムの眼鏡の奥にある瞳が、安堵したよう
な色を映した気がした。
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
静寂に包まれた廊下を再び歩き出した
彼の隣に並ぶと、千沙は「これでいいのだ」
と心の内で呟き、遠くを見据えたのだった。
「ヨーロッパ諸国の主権国家体制と市民
革命。ここを明後日の小テストに出すの
で復習してくること。口が酸っぱくなる
ほど言っているが、人は2~3日で覚え
たことの80%を忘れてしまう。だから、
100%に近づけるためには定期的な復習が
不可欠だ。世界史の暗記量は膨大だが、
流れさえ理解してしまえば高得点が望め
る。難関大を志望するものは特にそれを
肝に銘じて学習するように。以上!」
凛とした声でそう言うと、千沙は両手
を教壇について、生徒たちを熟視した。
幾人かの生徒がその言葉に頷き、幾人
かの生徒が終礼の鐘の音に緊張を解いて
いる。
――6時限目の世界史。
大学受験の主要科目でない世界史は、
他校なら堂々と内職する生徒も多いだ
ろうが、難関大志望者の多いこの学園
では選択する生徒がそれなりに多く、
また千沙が独自に作成している穴埋め
形式の小テストが本番によく出題され
ることから、熱心に耳を傾ける生徒が
多かった。
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