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が、パーカーのポケットに両手を突っ
込みながら中華料理店の自動ドアをくぐ
った千沙は、父と向かい合せに座る男性
を見つけ、瞬時に落胆する。
あまりにテストの難易度が高すぎて
赤点が続出することと、“色白”というよ
りも“青白い”という表現の方がしっくり
くるという理由から、「死神博士」と
生徒に恐れられている数学教師。
その彼が、見たこともない笑みを浮か
べながら父にお酌している。
つまり、御堂弘光は父によって選ばれ
た千沙の結婚相手であり、今日のこの場
はそれを踏まえた上での顔合わせ、とい
うことであり。男に生まれつくことの出
来なかった自分は、いつか、父親が決め
た相手と結婚し、藤ノ森英明学園を継が
なければならないだろう。そう、早くか
ら悟っていた千沙は、騙し討ちのような
父の呼び出しに機嫌を損ねることなく、
けれど、愛想のよい笑みを浮かべるでも
なく、「遅くなりました」と、感情の読
めない顔で会釈したのだった。
あの日から、彼はこうして歴史資料室
まで千沙を探してやってくる。
――用があっても、なくても。
彼はここを訪れ、千沙を見つけると
恋人の顔をして傍に立つ。
それは彼にとって至極当然のことで、
千沙にもそれを拒む理由はないのだけれ
ど……。何となく、遠くから侑久を見つ
めることさえ禁じられているようで、
少々息苦しかった。
千沙はその想いを悟られないよう微笑
を向けると、小首を傾げた。
「ところで御堂先生、何か知らせでも?」
ちら、と、御堂が手にしている書類に
目を向ける。書類、というよりも一枚の紙。
この時期の知らせと言えば、推薦入試の
結果がほとんどだ。千沙はそろそろ侑久が
受けた大学から知らせが届くころだという
ことを思い出しながら、彼の言葉を待った。
「合格の知らせですよ。T大学、宇宙工
学科からです。蘇芳侑久の入学を許可する
という連絡が先ほど」
ひら、とプリントアウトされた紙を見せ
ながらそう告げた御堂に、千沙は大きく息
を吸い込み、破願した。
「やっぱり、受かったんですね!たった
5名の推薦枠なのに」
侑久の合格の知らせに感激しながらも、
どこか信じられない心地のままその用紙
を眺める。
T大学の推薦条件は厳しく、成績が優秀
であることの他に、英語の資格や留学経験、
数学オリンピックのメダル獲得を示す文書
などが必要なのだが、彼はそのどれもを有
していた。
「彼は学園創設以来の逸材とも言える
優秀な生徒です。僕はもちろん、この
学園の教師で合否の心配をしている者
は一人もいませんよ」
「それでも、万が一ということもある
じゃないですか。誰もが受かると信じて
いた生徒が受からなかった、という話は
意外にありますし」
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