新見啓一郎のこと2

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新見啓一郎のこと2

 捜査本部会議の前に署長室に出向いた。  山崎署長は昨年の4月迄、静岡県警本部で刑事部長を務めていた。56歳、階級は警視。新見とは2年程県警で仕事をし、彼の明晰さを高く評価するひとりである。 「新見警部、今回は私から君を指名させて頂きました。ここの大石警部は来年1月に定年を迎える。このような事件なので外れて貰いました」 「存じ上げております。ご期待に応えられるよう最善を尽くします」  二人は固く握手をし、二階の会議室に向かった。  今捜査の編成は総勢七十三名  捜査本部長 新見 啓一郎警部を筆頭に、副本部長 川村 修警部補、事件主任 早川 洋一巡査部長、広報担当 三浦 彩美巡査長、捜査班運営主任 大木 颯人巡査長、その他に鑑識課から二名、捜査班長六名とその配下に各十名、計六十名の捜査員が就く。  川村による編成紹介の後、新見が挨拶をした。 「昨夜、38歳の女性が何者かにより殺害された、善良な市民だ。我々は皆等しく、死に向かって生きている。しかし、ひとりとして自身の死を願う者などいない。予期せぬ突然の死、その恐怖、その無念は被害者以外知ることは出来ない。警察官の正義とは何か、それは被害者の無念を晴らすことだ。早期解決犯人逮捕が無念への鎮魂となることを願う。捜査員全員の活躍を期待する」 「はい!」という返事が会議室に轟いた。 「これまでの捜査報告を早川事件主任より」  川村の紹介で早川より事件の経過報告が行われ、死体発見現場の状況がスライドで照会。第一発見者とその供述及び、被害者の詳細が報告された。  発見場所 三島市一番町◯◯-◯カワネビル屋上  発見時間 9月18日午前2時10分  第一発見者 吉田 栄一 25歳 (株)アースクリーン清掃員及び同僚 下田 義郎 52歳  前日17日午後9時より、アースクリーン清掃員4名で、2階から6階迄の廊下及び階段のワックス清掃業務を開始。18日午前2時から2名ずつ一時間の休憩の際、先に休憩に入った上記2名が屋上で発見。死亡を確認した第一発見者 吉田が、清掃作業をしていた清掃リーダー 山口 尚吾 32歳に報告し、その後2時18分山口の携帯電話より110番通報された。  通報後、駅前派出所から木下巡査が現場に急行し、現場保全作業及び、第一発見者の聞き取りを開始。2時40分三島警察署から到着した早川巡査部長及び、大木巡査長に引き継がれた。  被害者 天野 礼子 女性 38歳 独身  住所 静岡県三島市◯◯町3-36コーポ境202号室  本籍 山梨県南都留郡 富士河口湖町字......  家族 なし、親族 なし 「戸籍上の両親は、被害者が2歳の時に交通事故で死亡。両親に兄弟姉妹は無く、その後父方の祖父の戸籍に移動、しかし、被害者が14歳の時に祖父が絞首自殺、その半年後に祖母も病で亡くなっています。母親が孤児院出身の為、母方の親族は皆無。最終学歴は中学卒です」 「職業サービス業。現住所から歩いて15分程の◯◯町スーパー大川に、今年の6月からパートとして働いております。社会保険の適用はありません」 「続いて鑑識から報告をお願いします」 「はい、検視も含め報告致します。 被害者の身長158cm、体重48.5kg中肉中背、血液型AB」 「死因 、真正面或いはやや上方から両手での絞首による窒息死。特に被害者の首頚右側に強く絞めた痕が残ること、及び、犯人の右手親指痕が頚部上方に残ることから、右利きの者による犯行だと推測されます」 「特徴、親指から掌を経て中指先端迄の長さは20~22cm、平均より指が長いか、掌全体が大きい人物。また、被害者が直立で首を絞められたと仮定した場合、犯人の身長は170cm以上であると考えられます」 「続いて死亡推定時刻ですが、司法解剖による直腸温度検査及び、死後硬直が下顎を過ぎ上頚迄達していたことからも、 発見当初の計算と同時間の17日23時頃と推測されます。尚、胃の残留物は殆んどありませんでした。背中に古い傷痕がある以外、その他の外傷はありません」 「目撃者についてですが、今のところ報告はありません。尚、清掃員の話では、夜間作業中に、ビル内の階段及びエレベーターを使用した者は居なかったそうです。屋上への侵入経路は、外の非常階段に(しぼ)られるかと思われます」 「次に、被害者近くに落ちていたショルダーバッグ等の遺留品について報告します」  エルメスバーキンタイプ牛本革オーストリッチ型押ショルダーバッグ(こげ茶)、長財布 (黄)、小銭入れ(黒)、銀行キャッシュカード、運転免許証、国民健康保険証、ハンドタオル、ポケットティッシュ、化粧ポーチ、ハンドブラシ、ハンドミラー、各種ポイントカード(スーパー、レンタルビデオ、リラクゼーション、雑貨店他)、コンサートチケット(半券)一枚 「長財布の中身は現金1万6千円と、運転免許証、保険証、各種カード。小銭入れに65円。クレジットカード及び買い物等のレシート類は見当たりません。それと、先程警部が見つけられた、被害者近くに落ちていた100円玉一枚も合わせて報告させて頂きます」 「コンサートチケットは、当日19時から三島市民文化会館小ホールで行われた'Wolfgang'コンサートのものです。各種ポイントカード使用状況の中で最近使われた物は、9月16日に沼津市リラクゼーション施設'楽もみ' を一時間利用しているようです」 「携帯電話がないのが気になりますが、遺留品全てに本人以外の指紋が検出されていないことからも、ものとりの犯行の可能性は薄いと思われます」 「ん、被害者は時計をしていましたか」  新見が質問をした 「いいえ。腕時計はしていませんでした」 「それはおかしいな。それならば携帯電話を持っているだろう。忘れたのか、或いは犯人が持ち去ったのか……その線で捜索してください」 「はい。わかりました」 「コンサート及び楽もみには同伴者は居なかったのか」  川村からの質問に 「只今、市民文化会館の防犯カメラを確認しております。楽もみに関しても営業時間が午前11時からの為、現在捜査員が聞き取りに出ています」 「他に現在調査中の案件及び進捗状況を、各班班長より報告をお願いします」  1 被害者の住居アパートの捜索及び、アパート住民と近隣住民への聞き取り捜査  2 被害者就業先への聞き取り捜査及び、以前の就業先への聞き込み捜査  3 発見現場の目撃者情報の収集及び、防犯カメラの確認(被害者足取り含む)捜査  4 現在の被害者本籍状況及び、当時の生活状況確認捜査(山梨県警依頼)  5 携帯電話所在の有無確認及び、使用状況の確認捜査  6 銀行キャッシュカードの使用状況及び、その他金融機関取引状況捜査  等を中心に捜査状況の報告が行われたが、その中で気になる報告については今のところ無かった。引き続き捜査継続ということで会議は終了した。 (第一発見者の供述では、被害者は眠っている様子だったと...抵抗しなかったのか……顔見知りの反抗か、いやしかし、それにしても……)  新見は被害者天野 礼子の人物像と、これ迄の人生について考えていた。  幼少から続いた悲劇、天涯孤独となってからの生き方、殺される直前の想い。  常人では理解出来ない程、厳しく悲嘆に暮れた人生を歩んだのであろうか、その中で幸せな時間を過ごせたのか……  ふと、彼女の嗚咽が聞こえた気がした。 『真由理』との静かな対話の中で、礼子の想いに寄り添わなければ、事件解決はないと確信した。
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