CASE10

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CASE10

数時間前―― Under Dの部屋には江利賀が指名手配になった事が告げられた。珍しく倉木が弱気な表情を見せる。 「助けられるか私にもわからない。警察が指名手配犯を秘匿すればそれこそこのチームも解散になる」 鏡は悲痛な目で倉木の方に目を見やる。 「そんなの嘘ですよね…?もし解散になったら私達は――」 「路頭に迷うことになるな」 氷川がすぐに答える。 「もしそうなった場合は私も警察官を辞職します。そして――」 国馬の発言に綺堂は机を叩いて詰め寄った。 「おいおい、国馬さんも倉木もふざけた事言ってんじゃねぇよ。大体、助けなきゃいけない仲間だろう。2人が思っている江利賀亜嵐っていう人間はそんな貧弱な人間なのか?」 綺堂が2人に吐き捨てるかのように語り掛ける。 「確かにランボーは人の言う事を聞かないし、自由奔放な奴だ。だけどそれを含めて可愛いもんだ」 「生意気な奴だけどこのチームの絶対的な支柱だ。奴の存在はそれほど大きい。いなくなったらこの組織は一気に瓦解する」 瀞枝と氷川もそれぞれ江利賀についての印象を話す。 「皆さん…」 「カポネの人間は私達を侮ってます。この組織は強固なチームワークが売り、あんなクサレ集団には絶対負ける訳がない。そうですよね?」 鏡は倉木と国馬の2人に目線を移す。倉木は力強く頷く。国馬もその姿を横目で見る。 「わかりました。倉木さん、カポネのアジトへ向かいましょう」 「はい」 倉木はさっきとは違い、力強く返事をする。2人は部屋を出て行った。 現在―― 江利賀と中川はカポネのアジトで顔を合わせて対峙していた。 「お前が全ての黒幕だったとはな。15年前の事件は蛾濠栄美の両親が起こした事件では無かった」 中川はオーバーなリアクションをする。そして笑いながらこう告げた。 「それは正解ですよ。ここまで調べたんですか。私しか知らない極秘情報をどうやって知り得たのかはさておいて、知ってしまったなら貴方を消すしかありませんね」 その時、アジトの扉が開いて庵部がやって来た。『アルカトラズ』も共に構えている。 「ゲームの勝者は俺だったな。庵部」 「勝った気でいるんですか。ゲームは未だに続いていますよ」 庵部はスイッチを取り出す。 「破壊兵器『プラズマ』は遠隔操作でいつでも起動できる爆弾。既に警察署に仕掛けられていますよ。今すぐ起動させてあげましょうか」 庵部はスイッチを押す。ニヤリと笑みを浮かべた。そして『アルカトラズ』に指示を出す。 「この男、江利賀亜嵐を抹殺しろ。どんな手を使っても構わん」 その言葉と共に庵部は中川と共に去っていく。江利賀は追いかけようとするが、そこに構成員が立ちはだかった。 「君の相手はこのアルカトラズで十分だ」 江利賀は戦闘態勢を取り『アルカトラズ』と対峙していく。 その頃、Under Dの部屋ではパソコンのモニターがクラッシュして画面が青くなっている。鏡はスピーカーが置かれている事に気づいた。 「こんなスピーカー、昨日は無かったはずですよ」 綺堂達3人もスピーカーの存在に気付く。鏡は何か思い出したようだ。 「まさか、ブルーノート攻撃を仕掛けた…?」 その言葉に3人の頭の上にクエスチョンマークが渦巻いている。 「何だそれ、聞いたことがないぞ。一体どういう攻撃なんだ?」 瀞枝は鏡に尋ねる。 「特定の周波数の音を、ある程度以上の大きさで一定時間スピーカーで流れると、その影響でパソコンがクラッシュしてしまう攻撃です」 「恐らくこのスピーカーも中川が仕掛けたんだろう。そうじゃなかったとしても警察署内に構成員がいるのは間違いない」 綺堂の言葉に全員が頷く。するとスマホが鳴った。相手は江利賀からだった。綺堂は全員を呼び出し、スピーカー状態にする。 「おい、弱音でも吐きに来たのか?勝手に外出しておいてそれはねぇだろ」 『そんなんじゃ無いって、綺堂さん。俺はタダじゃ死なない男なんで。無断外出した事に関しては咎めないで頂けますか』 追い詰められていても江利賀の軽快な口調は相変わらずなようだ。また更に続ける。 『今からXM84を使って構成員たちを一網打尽にするんで、よく見ておいて下さいよ』 「お前、それって――」 するとスマホからいきなり大きな爆発音が聞こえた。他の4人は慌てて耳を塞ぐ。通話はそこで切れた。 「聞こえてるか!」 氷川が叫ぶもその声は既に届くことはなかった。鏡は罵声を発した。 「あのバカ男…!」 一方、カポネのアジトでは既に『アルカトラズ』の構成員が一網打尽にされた所だった。そこに国馬と倉木が拳銃を持って踏み込んできた。2人は異様な光景に目を疑う。ガスマスクを付けた男が歩み寄ってくる。それは江利賀だった。 「無事だったんですか…?」 「ええ。ここのアジトって何でも揃ってるんですね。俺ここに住んじゃおうかな」 軽口を叩く江利賀に倉木は尻を思いっきり蹴り飛ばした。江利賀は痛みに飛び上がった。 「痛いって」 「全く、お前って奴は人の気も知らずによくもまぁそんな楽しそうでいられるな。寧ろいつでも楽天的なのが羨ましいぐらいだな」 倉木は江利賀の肩を叩く。そして一つ笑みを浮かべた。 「絶対に来てくれるって信じてましたよ」 「それより、どうやって一人でこの集団を倒したんですか?」 国馬は疑問を江利賀にぶつける。 「閃光弾ですよ。カポネの武器庫から掻っ払いました。流石に銃殺までは出来なかったから、殺傷能力の低い武器を選択したって訳ですよ」 「ガスマスクをつけていたから無事だったって訳ですね」 国馬も大きく息を吐く。そして江利賀はポケットからUSBメモリを取り出した。 「これは…?」 「これがカポネが隠したがっていた事実です。15年前の事件の隠蔽された真実が全て網羅されてます」 言い終わった後、江利賀の体が崩れ落ちる。倉木が肩を貸して支えた。 「大丈夫か?」 「何とかって感じです。少し無茶をし過ぎたかもしれませんけど」 「お前はチームの絶対的な柱、代わりになる様な人間は誰もいない。わかっているな、相棒」 倉木の一言に江利賀は急に噴き出した。少し咳払いをしている。 「急に変な事を言わないで下さいよ。でも相棒か。悪くないですね」 2人は笑い出し国馬の方を見る。国馬の表情も緩んでいった。 翌日、Under Dの部屋にはまだ誰もいなかった。そこに江利賀が1人でやって来た。 「今日は俺一人だけか」 そう呟いた後ドタドタと足音が聞こえた。綺堂達が江利賀に馬乗りになり手荒い歓迎をする。 「お前という奴は、どれだけ他人に迷惑をかければ気が済むんだ。このタコ」 「このバカタレが、俺達がどれだけ心配したと思っている」 「本当に勝手に出ていきやがって」 江利賀は攻撃をひたすら受け続ける。そんな中でも笑顔だ。そこに鏡がやってきて手を差し伸べる。江利賀は手を伸ばすが、鏡の手がすぐに引っ込められた。一瞬時が止まった後、平手打ちが江利賀の顔面に炸裂した。突然の出来事に呆気に取られている。 「どんだけ呑気なんですか!皆に迷惑と心配をかけておいてよくそんなにヘラヘラしていられますね!」 鏡に気圧されたか、江利賀の表情が一変する。 「死ぬのは自分一人で良い?仲間を失うのが怖い?そんな訳無いですよね…!いつも軽い性格してるのは本当は寂しいんじゃないんですか!」 図星をつかれたか、江利賀は何も言い返すことは無く立ち上がった。そこに瀞枝がそっと江利賀の肩に手を置いて諭す。 「わかってると思うが、身寄りのない彼女にとってこの組織が家族みたいなもんだ。いなくなったら悲しむのは彼女だけじゃない。ここにいる全員だ」 鏡は江利賀にハグをする。江利賀はその頭を優しく撫でた。 「次、勝手にどっか行ったら絶対に許しませんから」 「わかった。心配かけて悪かったな」 「いまいち信用できませんね。口だけじゃなくてしっかりと行動で示してください」 鏡は江利賀に向かって大きく溜息をつく。江利賀の元に綺堂と氷川がやって来た。 「仮にもお前は指名手配された身だ。少しは大人しくしていた方が良いぞ」 「案外、キレると口も悪くなるし俺達でも止められないから」 江利賀はポケットに手を突っ込んだままだ。それを鏡がずっと見ている。 「さっきからポケットに手を突っ込んでるんですけど」 江利賀は笑みを見せてポケットからUSBメモリを取り出した。 「はい、お土産。お前の大好きな情報だよ」 「何を言ってるんですか?頭の方は大丈夫ですか?」 江利賀はフッと笑った後、顔つきを変える。 「ロックがかかっていた庵部陸の重大なデータだ。恐らくこれが15年前に起きた『墨田区女児殺害事件』の隠された真実」 「それって…」 「カポネの連中がどうしても隠蔽したかった真実だ。そして、カポネの創設者は中川哲也。中川は最近姿を見せていない。全て国馬さんから聞いた」 「つまり、奴は完全にカポネ側についたって訳か…」 その時、倉木が部屋にやってきた。綺堂が声をかける。 「昨日はあのバカが申し訳ない事をしたな。助けてもらってありがとう」 「いえ、綺堂さんのおかげです」 氷川は倉木が部屋に来た理由を尋ねる。倉木の口から出た言葉は衝撃を受ける内容だった。 「蛾濠栄美が保釈されたようだ。保釈金を支払ったのは庵部陸だ」 その内容にメンバー全員の感覚が消え失せた。江利賀はふと呟く。 「庵部は一体何が目的なんだ…?」 その頃、志紋は国馬を問い詰めていた。蛾濠が釈放された事に納得がいってないようだ。 「こんな事がまかり通って良いんですか!」 「…」 国馬は何も言わずにただ聞いている。志紋はさらに捲し立てた。 「保釈金を払ったのは庵部陸ですよね。それがどういう事か――」 国馬はまだまだ続きそうな志紋の不満を遮った。 「おかしいと思ってます。ですが、警察組織にカポネの内通者がいる。その人が蛾濠を保釈するように仕向けたのでしょう」 「だからと言って絶対におかしいですよ!」 「ええ、私もこの保釈には不満があります。でもこれ以上首を突っ込むとどうなるかわかりませんよ」 国馬はその場を去っていく。志紋の手は固くグーで握られていた。そしてその表情は怒りに満ちている。 Under Dの部屋では庵部に関する重大なデータを入手したところだった。全員が隠されていた真実に驚きを隠せないようだ。どうやら『墨田区女児殺害事件』の真犯人は庵部陸だったのだ。 「蛾濠の両親が起こした事件では無いという事か。その娘は庵部の手によって踊らされていた」 「当時奴は14歳。庵部は法で裁く事が出来ない人間だった。データから削除されてもおかしくはない」 瀞枝が冷静に資料を見る中、鏡の頭には疑念が渦巻いている。それを見て氷川が鏡に声をかける。 「ボーっとしてるけど、大丈夫か?」 「すみません。ずっと考えてました。人を殺しておいて庵部はどうして法で裁けなかったのかって」 鏡の疑問に綺堂が補足する。 「触法少年って奴だ。14歳未満で刑罰法令に触れる行為をした少年の事を指す」 「刑法41条に『14歳に満たない者の行為は、罰しない』と規定されているからな。法律上、14歳未満の少年少女には刑事責任能力が存在しない。それ故に庵部は法律で裁く事が出来なかった」 瀞枝が会話に割って入る。そんな中、江利賀は気だるげにスマホを弄っている。するとある物を見つけたか、表情が一変する。 「これ、ヤバいんじゃねぇのか?」 言いながら江利賀が見せたのはとあるSNSサイトだ。そこにはハッシュタグで『野菜』と『アイス』という単語が使われている。それを鏡が凝視している。 「野菜、アイス…?それって…!」 「違法薬物の隠語だ。恐らくこのアカウントから売買が行われているんだろう。鏡、このアカウントを突き止められるか」 鏡はすぐにパソコンに向かいハッキングを開始する。そしてものの数分足らずでそのアカウントを突き止めた。氷川はそれを見て「やっぱりな」と声をあげる。アカウントの主は庵部だった。 「ますます何を企んでいるか分からなくなってくるな」 「庵部は危険な違法薬物『メビウス』を作っているって由城が言ってました。恐らくそのハッシュタグも――」 鏡は何かに気付いたのか、全員にモニターを見るように促す。モニターには庵部の車が映っていた。その車はどうやら墨田区の方向に向かっているようだった。それを江利賀が怪しむ。 「蛾濠の身元引受人は、まさか庵部か…?」 「だとすると、庵部が蛾濠を保釈したのはわざわざ事件現場に向かわせるためか…?」 そうなると危ないのは蛾濠である。江利賀はすぐに立ち上がり、スマホを取り出し電話をかけた。 江利賀からの電話に出たのは倉木だった。志紋もそこに同伴している。 「どういう事…?」 『庵部がわざわざ蛾濠を保釈させたのは15年前の事件現場に向かうためでしょう。とにかくすぐに向かった方が良いです』 「わかったわ」 倉木は電話を切る。歩く足が速くなっていく。志紋はその姿を見て胸騒ぎを覚える。 庵部は蛾濠と『墨田区女児殺害事件』の現場に来ていた。庵部は蛾濠に背を向けて歩いている。そして唐突に語りだした。 「まさか貴方を釈放するなんて、私もらしくない真似をしてしまいましたか。私自身が許せないものですね」 「じゃあ何で私に保釈金を払ったのよ。だったら放っておいてくれたら良かったのに」 庵部は卑しい笑みを浮かべる。 「カポネの組織として、貴方は大切な仲間じゃありませんか」 「ふざけないで!」 蛾濠は庵部に掴みかかろうとするが、庵部が腕を捻じり上げた。男女の力の差は歴然であり、簡単に吹き飛ばされた。 「本当の理由を教えてあげましょうか。15年前のあの事件、その真犯人はこの私だよ!」 ドスの効いた声で庵部は蛾濠に真実を伝える。 「そんな…嘘でしょ…?」 「君の親が逮捕されたのは不運だったな。そこにたまたまいたからさ。でも、驚きだったな。まさか私が殺したのは国馬紗羅の娘だったなんてね」 庵部は蛾濠を見下すような目線を向ける。尚も庵部の語りは止まらない様子だ。 「あぁ。人生って面白い。何が起こるかわかりませんからねぇ。仕上げに君を始末してあげよう」 庵部は蛾濠の脇腹にめがけてナイフを刺す。蛾濠はその場で膝から崩れ落ちた。自らの脇腹から流れてる血を見ている。やがて蛾濠はそのまま動かなくなった。 「絶望してそのまま眠れ。哀れな女王様」 庵部は吐き捨ててその場を去っていく。 やがて、倉木と志紋はその現場に来ていた。だが、蛾濠は既に息絶える寸前の状態だ。そこに志紋がやって来た。 「栄美!」 駆け寄って来た志紋の腕を僅かながら残っている力で掴む。か細い声で話す。 「お願い…庵部を止めて…彼はもう人間じゃない…」 その言葉を最後に蛾濠は動かなくなった。志紋は必死に叫ぶも蛾濠は目を閉じたままだ。倉木は背を向けてその場を歩き出す。志紋は動かなくなった蛾濠の亡骸をただひたすらに見つめていた。 国馬は蛾濠が殺害された事を倉木からの電話で知ることになった。県警察本部長室を尋ねるも既に中川の姿はいない。 「やっぱり…」 その頃、庵部は路地裏で彷徨っていた。その表情はどこか愉快な感じだ。 「まさか…この私とした事が…人を殺すなど…」 庵部の精神は既に異常をきたしていたようだった。その目は焦点が合っていない。 Under Dの部屋ではテレビで蛾濠が殺害されたニュースが流れている。江利賀はテレビを消した後、脱力気味になりそのまま椅子にもたれかかった。 「これ以上どうしろって言うんだよ…」 「怖気ついたのか?」 「まさか」 瀞枝の問いには軽く流して答える。そして大きな欠伸をした後眠りこける。 そんな江利賀の姿を鏡が心配そうな姿で見ている。 「後戻りできないですよね。もう絶対に」 「当然だろ」 その時、鏡のスマホにメールが入った。その相手は志紋からだった。鏡は無機質な表情を浮かべてメールを返信して、そっとスマホを机に置く。すると国馬が部屋にやってきた。何やら神妙な表情を浮かべている。 「中川の動きに関して何か動きは掴めましたか」 国馬は首を横に振るのみだ。 「カポネのアジトにガサ入れを行いましたが証拠になるような物は何一つとして出てきませんでした」 「庵部の野郎、相当に緻密に策を練ってやがるな」 「ええ、依然として逃亡中です。どこかしらに潜伏しているとは思いますが…」 そう言いながら国馬はポケットからICレコーダーを取り出す。それは蛾濠が殺害された現場に落ちていたものだ。国馬はそれを再生する。ICレコーダーから流れたのは庵部の声だ。 『Under Dの諸君。もう終わりにしましょう』 「庵部がわざわざこのICレコーダーを置いたってことは何か目的がありそうだな」 綺堂がそう話した後、江利賀は目を覚ました。 「奴の足さえ掴めれば良いんだがな。だが足跡さえ残さない。静かで危険すぎる。さらに犯行を重ねてなければ良いが…」 その時、倉木が部屋に入ってきた。捜査結果を報告する。 「防犯カメラの映像を見ても、庵部が単独で犯行を行ったのは間違いない」 「どうするんだよ…」 その時、国馬が声を上げる。 「私が今回の責任を取ります。私が単独で庵部と接触しますので皆様手出しは無用です」 メンバーは驚いたか、声が出ない。瀞枝が立ち上がり国馬を咎める。 「おい、それがどういう事かわかってるのか。組織のトップはメンバーを束ね守るのが役目だろう。お前が前線に出てどうする」 「元はと言えば私自身の為にこの組織は作られた。ならば決定権は全て私にあります。今回は貴方達組織のメンバーを守るためです」 瀞枝に啖呵を切って瀞枝に言い返す。そしてそのまま部屋を出て行った。 「勝手にしろ」 そう吐き捨てて瀞枝は元の座席に戻る。部屋には重たい空気がただ流れるばかりだ。 その夜、志紋は鏡と共にエタンドルにいた。カウンター席に座っている2人ともその表情はどこか悲し気で顔が曇っている。志紋は話を切り出した。 「警察を辞めようと思ってます」 その言葉に鏡は驚いた表情を見せる。 「どうして…」 「結局、手錠をかけた相手に情を捨てることが出来なかった。私は刑事失格です」 鏡は志紋の目を見て言う。深町はその話を淡々と聞いている。 「本当にそれでいいんですか…?」 「え…?」 「自分でそう決めつけたらもうお終いですよ。他にもやるべき事が残っているんじゃないですか?」 鏡が言った後、深町がいちごミルクを持って来た。鏡は深町に一礼する。深町がその会話に入ってきた。 「真珠ちゃんにも頼れるお友達ができたんだ。私としては嬉しい限りだわ」 「いえ…」 志紋は恥ずかしそうな表情を浮かべている。鏡は志紋に話しかける。 「私は非力で戦えないから力にはなれないかもしれない。でも自分には自分しかできない役割があるし、親友が迷ってるならその背中を押すことだってできます」 志紋は鏡に笑顔を見せる。親友と認めてくれた事が嬉しかったようだった。 「絶対に庵部を逮捕する事、警察を辞めるとしても絶対にそれだけは守れますか?」 鏡は小指を志紋に差し出す。志紋も小指を出し指切りをする。その後2人は笑いあった。 「何か子供みたいですね」 「私達はいつまでも末っ子ですよ」 その後、2人は何気ない会話を続けていた。それを見て深町は表情が穏やかになった。 一方、倉木の方はどこかすっきりしてない表情だった。バーで一人でいるがその表情はどこか冴えない。そこにベルが鳴って江利賀がやって来た。 「俺を呼び出すなんて、一体何のつもりですか」 「相棒であるお前には先に伝えようと思ってな」 倉木が見せたのは退職届だ。江利賀は目を見開いて驚く。 「血迷ったんですか…?」 「全然。普段通りよ」 倉木はグイっとカクテルを飲み干す。そして大きく息を吐いた。 「聞いたか。立浪が警部補に昇進したらしい」 「マジですか。倉木さんの忠犬みたいだったあの立浪さんが…」 「忠犬って言い方は余計よ。でも、ノンキャリアで警部補に昇進するなんて大した男だわ」 倉木は大きく溜息をつく。 「今まで部下だった人間に追いつかれるなんて、不思議なものよね。いつか志紋も私の頭を飛び越していく。私は先に完成した人間。もう成長することはできないわ。今となってはのろまなカメよ」 「他人は所詮他人。倉木さんにはまだやる事があるんじゃないんですか」 江利賀と倉木は互いに顔を見合わせる。 「大きなお世話よ」 「俺もこのまま引き下がるわけにはいかないですよ。ここで逃げたら健太にも悪い。警察を辞職しようとしたら相棒である俺が全力で引き止めますから」 倉木はフッと笑みを見せる。 「お前はそんなに私に警察を辞めてほしくないか。今ここで逮捕しちゃうぞ」 「そんな冗談が言えるなら、まだ大丈夫でしょ。安心しましたよ」 2人は笑みを浮かべてグータッチをする。 「庵部の野望を絶対に阻止するぞ。相棒」 「わかってますよ。全力を懸けて奴を止める」 翌日、とある地下駐車場に既に庵部の姿があった。そこに国馬が一人でやって来た。靴音だけがコツコツと響いている。 「本当にやってくるとは思いませんでしたよ。国馬沙羅、いや雲崎沙羅といった方が良いでしょうか?」 「雲崎なんて姓名は捨てている。馬鹿にしないで頂きたいですね」 小馬鹿にする庵部に対し国馬も言い返す。そして庵部に尋ねる。 「貴方に聞きたいことがある。何故、私の娘を殺した」 「さぁ?理由を答える必要がございますか?敵に塩を送るだなんて滑稽すぎますよ。県警犯罪対策部なのにそれもわからないんですか?」 馬鹿にするような庵部の口調に国馬は苛立った。 「ふざけないで!」 「人は死を迎えた時点で負け。貴方の娘も十分な敗北者だ。まぁ手を下したのは私ですけどねぇ。ハッハッハ!」 「何ですって…!」 家族を侮辱されたか、国馬の怒りは収まらない。詰め寄ろうとするが、ボディガードが行く手を阻んだ。庵部は笑いながら前に出てきて拳銃を構える。 「アディオス。国馬沙羅」 庵部は引き金を引こうとする。すると次の瞬間、どこかから花火みたいな物が投げられた。庵部の足元に放り込まれたその花火は一瞬にして破裂して消えた。国馬も驚きを隠せず腰を抜かしたようだ。 「何の真似だ…!ふざけやがって…!」 煙越しに出てきたのは綺堂達だった。国馬は唖然としている。 「どうして…?手を出さないでって言ったはずでしょう…!」 「そんな命令、聞いた覚えはないですけどね」 綺堂はあっけらかんとして答える。 「ここがどうしてわかったんですか…?こんな電波の届かない場所特定できないはずですよ」 瀞枝と氷川はその理由を明かす。 「お嬢ちゃんに頼んだんだよ。お前のスマホをハッキングして追跡させてもらった」 「山椒は小粒でもぴりりと辛いって言うだろ。鏡をハッカーとして受け入れたのはアンタ自身だろうが」 そこに志紋もやってきた。国馬の体を起こす。そして一歩前に出た。 「庵部陸。お前は絶対に許さない。私がこの手で捕まえる」 庵部は思いっきり爆笑をする。そして豹変しドスの効いた声を響かせる。 「お前如きに捕まるなんて、そんな罪な事があるかよ。せいぜい友人の復讐心に捉われるのがオチさ」 「その言葉そっくりお返ししてやるよ。お前みたいな奴が生きていることが罪なんだよ!」 志紋は啖呵を切って言い返す。その姿はかつて江利賀に言われてきた『ポンコツ警察官』としての姿は無い。 「どこまでも我々カポネに逆らう気か…!私に楯突いた事を公開させてやる…!奴らを全て皆殺しにしてやれ!」 庵部はフィンガースナップをしてボディガードに指示を出す。 「本性を現しやがったか。だったら全員ぶっ潰してやるよ」 綺堂達は一斉に向かっていく。 同じ頃、江利賀と倉木が向かった先は中川が住む別荘だった。2人は周辺を見渡すが、中川の姿はどこにも見当たらない。2人は階段を上がり部屋のドアを開ける。するとそこには思っても見なかった光景が映っていた。何と中川が鎖で拘束されていたのだ。 「どういう事だ…!」 「庵部が裏切った!奴は悪魔だ!警察の不祥事をネタに脅してきやがった!」 「あんな奴と繋がりを持ったのが悪い。どう考えてもお前の自業自得だろ」 倉木は吐き捨てる。チラッと脇を見た瞬間、時限爆弾が有ることに気付いた。 江利賀もその時限爆弾を見た。触ろうとするが倉木がそれを止める。中川が命乞いをする。 「おい、助けてくれよ!それでも長官の娘か!」 「父の事を持ち出すな。長官だったのはとっくに昔の話だ」 江利賀は倉木にこそこそ話をする。すると倉木は笑みを浮かべた。 「おい、爆弾解除の方法を教えろ。そうすれば解放してやるよ」 「俺を助けてくれるのか…?」 「誰が助けるって言った。正直お前がここでくたばろうが俺には関係ない。だけどな、困っている人間を見殺しにするのは違う」 江利賀はスマホを出し電話をかける。そして振り向きざまにこう言った。 「不本意だけど、お前を助け出す。それが俺と友人の約束だからな」 その江利賀の電話に鏡が出た。内容を聞いた鏡は驚いている。 「爆弾…?」 『ああ、爆弾自体は電子キーで繋がっている』 「どうすればいいんですか…?」 江利賀は作戦を伝える。鏡の表情はきりっとしたものになる。 『俺が敢えて何回かパスワードを間違える。それだけだ』 「それって、電子キーの機能を停止させるって事ですか」 『流石話の早い人間だ。停止したその瞬間に速やかにハッキングしてデータをリセットする。そうしたら好きな暗証番号を鏡が設定すれば良い』 「わかりました」 『制限時間は約5分くらいだと思っても良い。頼むぞ』 鏡はパソコンを動かしていく。 庵部と交戦中の国馬は人質に取られていた。庵部は国馬の頭に拳銃を突き付けている。志紋はそこに駆け寄った。 「国馬さん!」 「ゲームオーバーだな。我々に勝利の勝ち筋が見えたようですね!」 「この卑怯者が…!」 志紋は拳銃を両手で構える。庵部はその様子を見て大笑いをする。 「撃てるかな?この私を。こんなにデカい的があるのに」 庵部は国馬の体を志紋の前に差し出す。志紋は一発撃つも大きく外した。 「やはり撃てないようですねぇ。次は私のターンだ。蛾濠の大マヌケと共に今ここでくたばって死ね!」 庵部は片手で拳銃を撃とうとする。次の瞬間、志紋は「今です!」と大声を発した。庵部が動揺した隙に国馬は腕を取って拳銃を叩き落とした。拳銃を足で払い飛ばす。 「何だと…!」 「素人が拳銃を片手で撃つ。隙だらけですよ」 そう言いながら、国馬は庵部は背負い投げをする。受け身を取れなかった庵部は体全体に痛みが走った。国馬は庵部の手を後ろに回す。そこに志紋を呼び寄せる。 「これで終わりだ!」 志紋は庵部の腕に手錠をかける。庵部は尚も不敵な笑みを浮かべている。 「私が逮捕されても、中川はもうとっくに爆発事故に巻き込まれ野垂れ死んでるはずだろう。結局無駄だったんだよ」 そこに綺堂達がやって来て、庵部を囲い覆う。 「無駄だったのは、お前の方だよ」 「何?」 「俺達の仲間が時限爆弾をストップして、中川を逮捕したんだ。何ならその証拠を見せてあげようか」 氷川はスマホを庵部の目の前に突きつける。江利賀から送られてきたその画像は紛うことなき中川に手錠がかけられた写真だった。庵部はその画像を見た瞬間、脱力気味になった。 「カポネはもう壊滅したな。お疲れさん」 瀞枝は揶揄するように言う。庵部は暴れるが、志紋が後頭部に拳銃を突き付けて制した。 「大人しくしてろよ」 志紋は尚も暴れる庵部を連行していく。その頼れる姿を見て国馬も溜飲が下がる思いがした。 志紋が庵部を逮捕した同じ頃、江利賀と倉木も時限爆弾を解除した所だった。 『パスワードは1031に設定しました!』 「了解、流石ネットワークの天才」 江利賀はタッチパネルにパスワードを入力する。やがて時限爆弾のタイマーが止まった。 「大成功だ。ホワイトハッカー『パール』」 『はい』 江利賀は中川の拘束を解く。 「ようやく、私も自由になったぞ。ありがとう」 中川が江利賀の手を握る。江利賀は膝を上げ、中川の股間を蹴り上げた。中川は痛みでうずくまる。 「お前に礼を言われる筋合いはねぇ。お前を助けたのは庵部と仲良くお縄についてもらう為だ。ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。殺すぞ」 倉木は中川の両手に手錠をかけ冷酷に言い放った。 「組織犯罪処罰法違反で逮捕するからな。人を殺していなかったとしてもお前の罪は重い。本部長とあろうものが犯罪組織と繋がっていた、この事は徹底的に調べさてもらうぞ」 倉木の鋭い眼光に中川は慄く。江利賀はその姿をスマホを取り出し写真に収める。 「この滑稽な姿、永久保存版だな。これがお前のバッドエンドだ」 江利賀は倉木と共にハイタッチをする。そして空の方に目線を見やる。その空は明るく、晴れやかな模様をしていた。 翌日、Under Dの部屋には全員が集まっていた。テレビでそのニュースを見ながら各々が撤退作業をしている。 「中川の逮捕後、カポネの連中に一斉捜査が入ったようですね」 「庵部は危険すぎるっていう事で、特殊な刑務所に送られたらしい」 「いずれ、記者としてその特殊刑務所に取材に行ってやろうかな」 3人は喋りながら片づけを進めていく。江利賀と鏡のスペースはどうやらもう片付けられていたようだった。 「2人はどこへ向かうのか…」 「まぁ、2人はまだ若い。どこへでも羽を伸ばしに行くはずさ」 鏡は志紋と一緒に明智大学にいた。キャンパスに続く道を仲良く歩いている。 「私はまだ警察を続けることにしました」 「本当ですか?」 志紋の表情には迷いがない。 「鏡さん、貴方のお陰です。絶対に約束を守るって決めてましたから」 「志紋さん…」 「誰かの為に何かをなし得たいって初めて思いました。それは親友がいたから」 志紋は鏡に笑顔を見せる。鏡も微笑んだ。 「これからもよろしくお願いします」 「もちろんです」 志紋は鏡と共に世間話をしながら歩きだす。太陽の光が2人の明るい未来を指し示していた。 江利賀は明智大学のベンチで横になっていた。様々な出来事に思いを馳せている。そこに倉木がやって来て頭を叩く。 「お前も呑気だな。後始末は済んだのか?」 「ええ。余裕のよっちゃんですよ」 江利賀は笑っている。倉木は不意に尋ねた。 「これからどうするつもりだ」 「事務員としてここで働くんで。倉木さんこそどうするんですか?」 「警察学校に異動しようと思っている」 江利賀は面食らった表情をしている。 「現場一筋の倉木さんが警察学校だなんて…」 「志紋は強くなったわ。庵部を逮捕したことを国馬さんから聞いた。もう大丈夫よ。私が影になる必要はない」 江利賀はただその話を黙って聞いている。 「やるべき事が私にもできた。それは腐った警察官を生み出さない事。それだけ」 「そうですか…」 「お前も自分のやるべきことを見つけ出しておけよ。相棒」 倉木はその場を去っていく。去ってしばらくした後、江利賀は立ち上がり呟く。 「俺も自分で何か誇れるものを見つけてみますよ。相棒」
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