CASE6

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CASE6

拘置所の面会室にて国馬と由城は対面した。2人の間には壁を隔てて緊張が走っている。 「何の用だ…?」 「カポネの大幹部である貴方に聞きたい事が山ほどあります」 由城は呆れたように溜息をつく。 「そんな事、誰がべらべらと喋るんだ」 「貴方をここに閉じ込めたのは情報を全て洗いざらい話して頂くためです。もし話さなければ――」 「殺すんだろ?」 食い気味に由城は答える。そして笑みを見せた。 「情報が欲しければ話してやるよ。お前なんかに殺されるのはまっぴら御免だからな」 由城は喋りだす。国馬はその話を黙って聞いていた。 Under Dの責任室で鏡は国馬から話を聞かされた。 「カポネはいわゆる危険な犯罪組織。行き場のない人間をかき集め犯罪行為を犯す。貴方の母親である鮮見友里子もマークしていた」 「昔からあるって事は、過去にもカポネが起こした事件があるってことですよね…?」 「その中でも『カポネ3大犯罪』と言われているこの事件はご存じでしょうか」 国馬はタブレットを操作し、とある商業施設を見せる。 「これって結構最近ですよ」 「はい。『ベイクォーター銃弾殺人事件』です」 「ニュースとかで聞いたことがあります。この事件って44人の犠牲者を出した無差別殺人事件…」 「その事件の首謀者は蛾濠泰士郎。カポネのリーダーである蛾濠栄美の祖父です。そして44人の犠牲者の中には私の夫が含まれています。蛾濠泰士郎は事件現場で自ら命を絶ちました。彼は遺書らしき物を用意していたようです」 「そこまでして自爆テロを起こした理由は…」 「警察組織への報復でしょう。彼が残した遺書には15年前の事件に関する事が書かれていた。それは両親が逮捕された事件」 鏡はふと思った疑問をぶつける。 「では、何故このUnder Dという組織は創られたのですか?」 その時、国馬のスマホが鳴った。 「はい、わかりました。すぐに向かいます」 国馬はそれだけ言ってスマホを切った。 「Under Dにまつわる話はまた今度にしましょう。私はここを離れなければいけません」 「このまま黙っているつもりはありませんよね」 「ええ、同じ釜の飯を食う者同士。いずれその事をお話しします」 国馬はコートを取り責任室を出ていった。 カポネのアジトでは庵部がアタッシュケースを開け、大量の札束を手にしていた。その札束を見る顔はどうにも卑しさがある。そこに蛾濠がやって来た。 「何やってんのよ」 「今日の売り上げの確認だ。『メビウス』のな」 「何よそれ」 「危険ドラッグだよ。一度飲んだら最後。精神安定と精神異常を永遠に繰り返す無限ループに落とされる」 「そんな薬、流通させないわ。貴方のやり方を私は認めない」 すると突如として庵部は札束を真上に放り投げた。札束はヒラヒラと頭上を舞い、地面に落ちた。 「ご乱心になったのかしら?」 「下らない。由城のバカが逮捕された事によって組織としての体裁は最早成していないのと同然。私のやり方に口を挟むのであれば、殺す!」 庵部は威圧的な口調で脅迫する。 「あっそ。じゃあ勝手にすれば?」 蛾濠は部屋を出ていく。庵部は錠剤を床にたたきつけた。 数日後―― 鏡は瀞枝と共に散歩に出ていた。不意に鏡が尋ねる。 「そういえば、トロさんってお子さんいるんですか?」 「今、何故その事を聞くんだ」 「だって私の事、本当の娘みたいに接してくれるじゃないですか」 瀞枝はニカっと笑う。 「まぁな。だが今は会えていない。少なからずその原因は私にあるんだ」 「何があったんですか?」 「すれ違いって奴さ。刑事時代から仕事の忙しさで家を空けることが多くてな、たまにしか家に帰らなかったのさ。そういう訳で今は絶賛別居中」 2人は家族に関して話を続けている。その時、瀞枝のスマホが鳴った。瀞枝はその電話に出た。 「私です。え…⁉わかりました。すぐに向かいます」 瀞枝はそれだけ言って電話を切る。 「どうしたんですか…?」 「何でもない、先に帰っててくれ」 「そのリアクションは何にもない訳が無いですよね。同じ仲間に話してみてはどうですか」 「娘が病院に搬送された。命に別状は無いらしいが…」 瀞枝の表情は険しいままであった。 国馬は警察本部長にて中川から呼び出されていた。 「由城秀はどこにいる。こちらに身柄を引き渡して頂きたい」 「それは出来ません」 「Under Dの責任者である貴方が罪人を庇うなど、馬鹿馬鹿しい」 「彼にはUnder Dにカポネが持つ情報を喋って頂く義務があります」 中川は大爆笑をする。国馬は怪訝な様子を浮かべる。 「何がそんなに可笑しいんですか」 「そんな下らない情報の為に彼を閉じ込めたんですか。まぁいいでしょう。 ただ、後悔しても知りませんよ」 「その言葉、確かに受け取っておきます」 国馬は一礼して警察本部長を去っていった。 病院に到着した瀞枝は病室に辿り着いた。そこにいた人影に身が竦んだ。立っていたのは妻である朋子だ。瀞枝は病室から慌てて出て行った。その行動を鏡が怪しんでいる。 「引き返してどうしたんですか?そんな余所余所しい態度なんて取って」 「ここにいたのは私の怖い妻だよ」 「そこにいるのはわかってるのよ。出て来なさい」 鏡は瀞枝の腹を小突き、瀞枝に病室に入るように促す。 「そんなにビビっているなら私も一緒に同行しますよ」 鏡は瀞枝の腕を引っ張って病室に連れていく。 「何で来たのよ」 「何でって…呼ばれたから来たんだろう」 その言葉を端に発して瀞枝と朋子は言い争っている。しばらくして鏡は病室のドアを乱暴に閉めて強引に2人の言い争いを終わらせた。 「いい加減にして下さい。ここは病室ですよ。それより娘さんに何があったか詳しく説明していただけますか」 「何で部外者のアンタなんかに――」 「説明してあげればいいじゃないか。そうやって何でも黙るのが君の悪い癖だぞ」 朋子は訥々と喋り始めた。 「娘である美菜子は今朝、意識不明で病院に運ばれました。美菜子は中学校で教師を務めてますが職場の人間から酷い苛めを受けていました。それを知ったのは前日です」 話を聞いた瀞枝は捲し立てた。 「何故、その事に気が付かなかったんだ!」 「何時も家を空けてるアンタにわかるわけないでしょ!」 2人はまた言い争いを始める。 「やめて下さい!」 堪忍袋の緒が切れたか、鏡は2人を怒鳴るように叫んだ。 「とにかく任せて下さい。娘さんを傷つけた人達を絶対に許しません。私達の手で償わせます」 「おい、何を勝手に――」 「私も性犯罪にあったことがあります。だからそういう人間を絶対に許す事は出来ない。身体は元通りになったとしても、今でも心は傷ついたままです」 鏡の独白に瀞枝は言葉が出ない。 「今回の件、私達で引き受けます」 鏡は朋子に頭を下げる。瀞枝も遅れて頭を下げた。 Under Dの部屋に帰ってきた鏡は他のメンバーに状況を報告する。瀞枝は部屋の隅の椅子に座って縮こまっている。 「それで今、トロさんはあのような状態って訳か」 「すいません…私が勝手な事を言ったばかりにこんな事になってしまって」 「気にするな。どうせ俺達も暇だったから」 責任を感じている鏡を綺堂は慰めるかのように言う。 「それで、奥さんは怖かったですか?」 「ああ」 江利賀は瀞枝の正面に顔を合わせて尋ねる。鏡は自分の席に座り、パソコンを操作して美菜子の顔写真を表示させる。 「トロさんの娘さんの勤務先である大島中学校では過去にも組体操が元で生徒が亡くなった事故があり、その件で裁判になった事もあるみたいですね」 「今でもそんな危険な事を子供らにさせてんのか。後で障害が残っても自己責任かよ。とことん頭がいかれてるな」 「古い体質は変わってないって事か」 「逆に言えば、これが古い体質を変えるチャンスかもしれませんよ。トロさんの娘さんを救い出して、全ての真相を暴く」 鏡の力強い一言に全員表情が引き締まる。 その後、鏡は倉木と志紋と共に瀞枝の娘である美奈子の病室に尋ねることになった。 「お時間取らせてすみません」 「良いのよ。今の所大きなヤマは無いし」 「私達は手が空きまくって暇ですからね」 話している内に病室についた。鏡はそろりとドアを開ける。そこには朋子がいた。 「貴方は…」 鏡は朋子に軽い会釈をする。倉木は警察手帳を取り出した。 「神奈川県警察の倉木です。瀞枝さんの娘さんの事で少しお話があります」 鏡が声をかける。 「少し席を外しませんか?」 朋子は志紋に促されるがままに病室を出ていく。 「鏡さん、トロさんの奥さんの事はよろしくお願いします」 「わかりました」 鏡も病室を出て行った。 病室の外で鏡は朋子に謝罪する。 「この前はすみませんでした」 「別に良いのよ。聖也さんったらいつもあの調子だから。それより貴方は聖也さんとどんな関係で?」 「ただの仕事仲間です。朋子さん、トロさんを呼び出したのは貴方ですよね」 朋子はちょっと引き気味なリアクションをする。 「何で知ってるのよ…」 「私、ホワイトハッカーですから。あんな事を言っておきながら本当は必要としてたんじゃないですか?」 「それは…」 図星を突かれる形となり朋子は声が出ない。そこに病室から倉木と志紋が帰ってきた。 「どうでしたか?」 「やはり何も話さないですね。余程話したく無いんでしょう」 鏡は大きく息を吐く。 「その気持ちはわかりますよ。今でも事件に関する出来事は一切喋りたくない」 鏡は朋子の方を振り返る。 「お願いがあります。トロさんに美菜子さんを面会させて頂けませんか」 「何でそんな事を…家族なんか省みなかったあの人に会わせたくないわ」 「貴方はトロさんの事を知らな過ぎるんですよ。普段はお調子者で頼りなさそうですけど、やる時はやってくれますから。少しは信じてください」 鏡は深々と朋子に頭を下げる。朋子は少し戸惑い気味に答えた。 「そこまで言うなら良いでしょう。但しチャンスは一度だけですよ」 「本当にありがとうございます」 鏡は頭を下げながら笑みを浮かべていた。 その頃、江利賀と綺堂と氷川は大島中学校で調査を終えていた。Under Dの部屋で結果を報告しあっている。 「全員が全員、同じ回答なのは不自然だな」 「誰が嘘をついているか」 江利賀はとある映像を見ている。綺堂が声をかけた。 「この女教師、亜嵐が面談した奴じゃないのか」 「はい。このヒステリック加減が何とも気になるんですよね」 「狙いはこの女教師だとみて間違いないな」 そこに瀞枝がやって来た。 「トロさん、どこ行っていたんですか」 「言えない」 瀞枝は近くにあった椅子に深く座る。鏡もUnder Dの部屋にやって来た。瀞枝の元に駆け寄る。 「お帰り、お嬢。話は聞けたか」 「いいえ。やはり話したくないみたいですね」 「トロさん、お願いがあります。美菜子さんと一度会っていただけますか。朋子さんからの承諾は取ってます」 「おい、何を勝手な事を――」 綺堂が横から割って入る。 「良いじゃないですか。親子水入らずで話出来るんですから」 「もしかしたら重要な話をしてくれるかもしれませんよ」 瀞枝は大きく息を吐いた。 「全くしょうがねぇな。そこまでそう言うなら、行ってあげようじゃないか」 鏡は微笑んだ。つられて瀞枝も微笑む。鏡はパソコンを起動してすぐさま3人の方に目を向ける。 「こちらの調査はどうだったんですか?」 鏡はパソコンを操作する。あっという間に大島中学校の教職員の顔写真をすべて表示させた。他のメンバーはあまりの早業に呆気に取られている。 「こんなにも…」 「誰か怪しそうな人はいましたか?」 江利賀は面談した女教師を指さす。鏡はその画像を拡大させた。 「大山光代。なんかボス女的な雰囲気を醸し出してますね」 「俺が思うにはこの女以外にもいそうな感じがするな。面談して気づいたのは何処かをチラチラ見て落ち着かない先生が大勢いた」 「俺が面談した先生にも同じことが言える」 氷川と綺堂は互いに顔を見合わせる。すると瀞枝が立ち上がる。 「トロさん…?」 「すまんが先に帰らせてもらう」 瀞枝は部屋から退出していく。 「あのイケてるオジさんどうしちゃったのかな?奥さんに怖気ついた?」 「さぁな」 鏡は瀞枝の様子を心配そうな様子で見つめていた。江利賀が声をかける。 「あのイケオジが気になるか?」 「はい。いつもの軽い感じじゃなくて自分で自分を追い詰めている感じがするんです」 「気のせいだろ」 「そうなら良いですけど…」 瀞枝が向かった先は美菜子が入院している病院だった。瀞枝はノックして病室のドアを開ける。 「お父さん…?」 「久しぶりだな。美菜子」 瀞枝は近くにある椅子に深く座る。すると頭を下げ謝罪した。 「今まで申し訳なかった。こんな家族に無関心なダメ親父を許してくれ」 美菜子は黙っている。 「もう少し家族の事を気にかけてやれればこんな事にならずに済んだかもしれん」 「お父さんは命がけの仕事してるんでしょ。私はお父さんの事、誇りに思ってるから気にしないで」 「ありがとう」 瀞枝は笑みを浮かべ、一つ大きく息を吐いた。 「今から大事な話をするぞ。俺は今、お前が被害者になった今の事件を調査している。俺は少しでも仲間の役に立ちたい。だから何が起こったのか詳しく話してくれ」 瀞枝は密かにICレコーダーのスイッチを入れる。美菜子は事件に関してしゃべり始めた。瀞枝はその話に耳を傾けていた。 その夜、江利賀と倉木はとあるバーにて飲んでいた。 「あーあ。トロさんったらホントに煮え切らないんだから」 「あの人にも思う所はあるんでしょ。それで、貴方達の調査結果はどうなったのよ」 江利賀は倉木に大山の写真が写っているスマホを見せる。スマホを受け取った倉木はその画像を見ていたが、しばらくして険しい表情を受かべる。 「あれ?何かありました?」 「この女、なんか見た事がある気がするわ」 倉木はそう言い、江利賀にスマホを返す。 「もしかしたら、被疑者登録データベースに登録されているかもしれないっていう可能性もありですね。倉木さん、その辺詳しく調べられますか」 「わかったわ。お酒を奢りで一杯ね」 「俺は可愛い年下の男の子ですよ。毟り取らないでくださいよ」 江利賀は倉木と顔を合わせて互いに笑っていた。 翌日、Under Dの部屋には瀞枝以外全員集まっていた。 「トロさん、怖くなって逃げちゃったか?」 「まさか」 綺堂と氷川の会話をよそに鏡はパソコンを動かしている。ゲーミングチェアを動かして視線を2人の方に向けた。 「来ると思いますよ」 鏡はそれだけ言ってパソコンの方に向き直す。江利賀は溜息をついた。 「全くその優しさはどこから湧いてくるんだ。まぁその優しさは嫌いじゃ無いけどな」 江利賀がそういった後、ドアが開いた。瀞枝が倉木と志紋に両脇を抱えられている状態でやって来た。氷川がその様子を揶揄う。 「良いなぁ。朝からハーレム状態だなんて」 瀞枝は自分の席に何とか座った。倉木と志紋は膝に手をついている。 「本当に重たいんですけど」 「そんなこと言うなって。もう年なんだからよ」 綺堂は瀞枝の顔をまじまじと見る。 「どうした綺堂。このイケオジがそんなに気になるか」 「そうじゃなくて、目の下が隈だらけですけど、夜遊びでもしてたんですか」 瀞枝は大きな欠伸をした後、鞄からファイルの様なものを取り出した。 「夜遊びだなんて、人聞きが悪い事を言うなぁ。こっちはこっちで娘から話を聞いてきたんだ。その結果を纏めていたら朝になっていたという事さ」 鏡はその書類を見ていたが少しして瀞枝にファイルを返した。 「この字って凄く古いんですけど」 「そうなんだよ。ワープロで印刷してるから画像が粗いんだよ」 志紋が瀞枝に訊く。 「ワープロって何ですか?」 「マジか…」 瀞枝は大変ひどく驚いた。倉木がフォローを入れる。 「いや、ワープロっていう言葉を知ってる人の方が少ないと思いますよ。私の父で何とか知ってるくらいですから」 「でも、トロさんの事だからICレコーダーとか抜かりなく用意している筈ですよね?」 鏡がそう言うと、瀞枝はICレコーダーを机の上に置いた。 「勘が鋭いなぁ、お嬢は」 鏡は自分の位置へ戻る。座った後ゲーミングチェアを回転しこう告げた。 「それと、江利賀さんが怪しいって言っていたあの女教師、昨日GPSをハッキングしていたら、なんか風俗店みたいなところでずっと止まってましたよ」 鏡はパソコンの方に向きを変える。すると倉木がハッと思い出したかのようなリアクションをした。 「思い出したわ。大山は過去に客引き、売春防止法違反の現行犯で逮捕された過去がある」 「教師が客引き?恐ろしすぎでしょ」 鏡はパソコンを操作してその店を特定した。 「前代未聞の事案すぎるだろ」 「大山はおそらく、ここで働いていたんでしょう。もしかすると大山の指図で余分な事を喋らせないようにしていた。働いている事も公然の秘密だったんでしょう」 瀞枝は怒りに震えている。 「こんな奴に娘が傷つけられたのか…⁉」 「奴ではなく、奴等の間違いじゃないですか?多分単独でこんな事をするとは思えませんよ。主犯格がいれば共犯者もいるはずですから」 「とにかく、大山から全ての真相を吐かせる。鏡、大山は現れそうか」 鏡はパソコンを操作する手がスムーズになる。やがて情報を炙り出した。 「大山は今日も店に現れるそうですね」 「よし、倉木さん。今日の夜俺とデートしません?」 「はぁ⁉何言ってんの⁉」 江利賀の思わぬ一言に倉木は顔が真っ赤になる。江利賀は構わず続けた。 「私服警官に付き纏いでもすれば一発でワッパをかけられるでしょ」 「まぁ、確かに迷惑防止条例違反で逮捕することはできる」 瀞枝が会話の中に入って補足する。 「倉木さん、気を付けて下さいね。江利賀さんったら本当に軽い人間ですから」 「わかってるわよ」 倉木は鏡に笑顔で返す。江利賀も倉木に話を振る。 「もう少しちゃんとした服装で来てくださいね」 「お前もだぞ、黒い服ばっかり着てばっかりいないで少しは身なりに気を遣え」 「はいはい」 江利賀は軽い口調で返した。 その夜、江利賀と倉木は待ち合わせ場所にやって来た。江利賀は見慣れない倉木の服装にドギマギしている。 「何よ。ジロジロ見て」 「思ったよりもガチですね。綺麗ですよ」 倉木はフンと息を鳴らす。 「私だって化粧をちゃんとやればオシャレもできるのよ」 「よ、美人警官」 倉木は江利賀の腹を目掛けて肘を打った。江利賀は大袈裟に痛がっている。 「あー殴った。警察の癖に」 「あんまり五月蠅いと手錠をかけるぞ。集中しろ」 「了解」 軽いやり取りのあと、江利賀の表情が変化する。すると甲高い女性の声が聞こえた。 「顔を一瞬だけ確認して、声をかけてきたら現行犯逮捕で」 「わかったわ」 2人はしばらく歩いている。江利賀は客引きの女の顔を一瞬チラッと見た。 倉木に耳打ちする。 「あの女、大山で間違いありません」 「声をかけてきたら、即手錠をかける」 すると後ろから大山が声をかけてきた。2人は振り向く。 「この店に入りませんか?」 大山が話しかけた瞬間、倉木はすぐに手錠をかけた。大山は突然の出来事に困惑している。 「え、何よ⁉これ⁉」 「教師がそんなことをしちゃあダメじゃないか。ましてや道徳観に欠ける教師なんて」 倉木は警察手帳を大山の前に突き付けた。 「警察…⁉」 「迷惑防止条例で現行犯逮捕だ。それと瀞枝美菜子に対する暴力行為も含めて全て話してもらうからな」 「暴力なんてやってないわよ!証拠を見せなさいよ!大体校長なんかに話すあの子が悪いのよ!」 「証拠ねぇ…」 江利賀は気怠そうなリアクションを取る。そしてICレコーダーを取り出した。 「見せてやるよ。その証拠とやらをな」 江利賀はICレコーダーのスイッチを入れる。夜の街には機械的な声が響く。 大山は倉木を突き飛ばして逃げ出そうとするが、そこに瀞枝が立ち塞がった。江利賀は驚いている。 「トロさん、どうしてここに」 「お前等のデートを尾行していたんだよ。中々お似合いじゃないか」 「それただの危ない人ですよ」 瀞枝は大山の胸倉を掴む。 「よくも私の娘を傷つけてくれたな!可愛い娘を傷つけておいてタダで済むと思ったら大間違いだぞ!」 瀞枝は力任せに大山を放り投げる。大山は思いっきり尻餅をついた。倉木は大山を立たせた。 「今、私を突き飛ばしたから公務執行妨害も追加しておくぞ。大山光代、現時刻を持って現行犯逮捕するからな」 倉木は大山を連行しようとする。それを瀞枝が制した。 「瀞枝さん、どうしたんですか?」 「お前達はデートの続きでも楽しんできなよ。今、志紋君をパトカーで待機させているからさ」 「それじゃあ、お言葉に甘えて楽しんできます」 「ほら、さっさと歩け、この野郎!」 瀞枝は罵倒しながら大山を連行していく。 「じゃあ、何処かで一杯やりますか。倉木さんの奢りで」 「あら、女の人に奢らせるの?そんなんじゃモテないわよ」 「そんな事言ったって僕より年上でしょ」 江利賀と倉木の姿は夜の街に消えていく。 翌日、Under Dの部屋には全員が集まっていた。テレビでは大島中学校に関する出来事が放送されている。 「へっ。ざまあ味噌漬けってとこだな」 「あのワープロ打ちされた文章も出回っているみたいですし、何せあの大山だけじゃなくて他の教師も芋づる式に釣れたらしいですからね」 「自業自得だな」 瀞枝は江利賀に話を振る。 「そういえばランボー。倉木とのデートはどうだったんだ」 「大人の女性って怖いですね」 江利賀はそれだけ言って皆に背を向ける。江利賀を尻目に瀞枝は鏡に頭を下げてお礼を言う。 「お嬢、今回はありがとうな」 「いいえ、私は何もしてませんよ」 「お陰でまた家族とゆっくり暮らせそうだ。感謝している」 瀞枝は鏡に向かって笑みを浮かべる。部屋の雰囲気が一気に和らいだ。 しばらくして、国馬は鏡を部屋に呼び出した。 「チームとしてまとまって来ているみたいですね。貴方のお陰です」 「ありがとうございます」 鏡は丁寧に頭を下げる。 「時々、江利賀亜嵐という人間がわからなくなる時があります。『新宿無差別通り魔事件』で友人を殺された」 国馬はその言葉に反応する。 「貴方も知っていましたか。倉木さんの弟が関わった事件を。思い出したくも言いたくもありませんがその事件で私の娘も犠牲になりました。6人の内の1人です」 鏡は言葉を失っている。 「江利賀さんをここに招き入れた理由がようやくわかりました。貴方はあの事件で倉木さんや江利賀さんで繋がりがあったからですね」 「ええ。江利賀亜嵐を止められるのは倉木さん、もしくは貴方しかいません。彼の事を見失わないように気を付けて下さい」 鏡は無機質な表情で国馬をただ見つめていた。
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