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 太陽が沈み、月が顔をのぞかせた夜。ここ数日、日中もあまり気温が上がらなかったこともあり、夜は一層冷え込む日が続いていた。  大きなビルが建ち並び、夜だというのにまだまぶしいほど光が多い都心。その光のせいで、星があまりよく見えない。  いくつも並ぶビルの一つ。しかし他のビルとは少し小さなビルの中から一人の女性が早足で出てきた。  グレーのチェスターコートに身を包んだ女性――奥野(おくの)美奈子(みなこ)は、「はぁ」と小さく白い息を吐いた。  上京してすぐに一目ぼれし、学生時代の貯金を切り崩して買った腕時計を確認する。何年も使い込んでいるので、傷も多いそれは午後九時を指し示していた。  また残業してしまったと、再びため息をついて駅へと向かった。
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