海の星

4/21
前へ
/22ページ
次へ
 退屈な春休みも終わり、初の登校日。 「やっぱり、一緒に行ったほうがいいんじゃない? 大丈夫?」  出かける前直前に言い出す母に呆れ笑いを零す。 「大丈夫だって。何度も道は通ってるし」 「そう? じゃあ、行ってらっしゃい、海星」  優しく微笑む母と、すでに仕事に行ったであろう父の顔を思い浮かべながら、そっと呟く。 「行ってきます」  担任の教師に連れられ、教室の戸の前に立つ。  さすがに少し、緊張してきた。 「真壁……かいせいくん、でいいのかしら?」 「あ、はい」 「軽く自己紹介、お願いね。みんないい子だから、きっと仲良くなれるわ」  と、微笑む教師。  このタイミングでそう言われても、何も信じられないが、確かにこんな気弱そうな教師が担任で成り立っているのであれば、問題のある生徒はいないのだろう。  戸を開け、中に入る教師の後に続き、教室内に入る。  ざわめき声と、好奇心からの視線が一気に自分に集中して、ぞわりとする。  人からの視線には、いつまで経っても慣れない。  黒板の前に立ち、自己紹介をする。 「初めまして。マカベ カイセイです。真実の真に、壁で真壁、海に星で海星。前は、カイと呼ばれていたので、そう呼んでもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」  軽く頭を下げると、パチパチパチと拍手が鳴った。「よろしくー」と、声をかけてくれる子もいる。  極めて模範的な、普通のクラスという感じだ。  担任が指し示した席、窓側の一番後ろの席に座る。周りを確認し、息を吞む。  隣に座る少女、その横顔が、あのバス停で見た少女の横顔と重なる。  あの時と違って、目は輝いているが、同じ子だ。  少女は僕の方を見ると、にこっと微笑み、言った。 「カイくん、って呼ぶね。わたしはミセイ。海に星で、海星。よろしくね」  とても、あの色のない目をしていた子とは思えない、明るい声と、表情だった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加