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いつもより遅い帰り道――担任にクラスで困ったことはないか、不便なことはないかなどを根掘り葉掘り聞かれ、いつもよりもだいぶ遅くなってしまった。
夕日が落ちる。
オレンジ色に染まる、古びたバス停に、少女が立っていた。
それを見て、僕は忘れかけていたいつかの光景を思い出す。
あの雨の日に見た少女は、やはり僕の隣の少女だったのだと、気が付いた。
気付いてしまった。
あの時のように、泣いてはいなかった。ただ、真っすぐに何かを見つめていた。ぞくりとするほど、色のない瞳をしていた。
「前も、此処にいたよね、君」
気が付けば、声をかけていた。
ただの好奇心。僕の嫌いな、好奇心。
少女は表情を変えず、ゆっくりと振り向いて、話しかけたのが僕だと知ると、少し驚いたように目を見開いた。そして、ふっと微笑んだ。
学校での子供らしい笑みではない、大人びた、諦めたような笑みだった。
「カイくんって、家こっち方向だったんだ」
「まぁね。前も、此処にいたよね? 何してたの?」
少女はふぅん……と頷くと、言った。
「カイくんってさ、そっちの方がいいよ」
「は?」
「愛想笑いしてるより、今の方がいい」
「あー……」
うっかりしていた。あまりに衝撃を受けたがために、外面を被るのを忘れていた。
愛想笑いだと、気付かれていたのか。
「海を、見ていたの」
「は?」
「このバス停から見える海が好きでね、よく見に来るんだ」
「ふぅん……」
何してたの? に対する答えか。
それだけの理由じゃないな、と直感した。ただ、景色を見ていただけの表情じゃなかった。
ひどく、興味を惹かれてしまった。
次にまた見かけることがあれば、その色のない瞳で見える世界はどんなものなのかと、聞いてみよう。
今から思えば、その問いはこれ以上ないくらいに残酷だった。
心無い僕でも、ぞっとするほどに。
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