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三話
「う~ん・・・・・・」
会社での休憩時間。葉月は自身のデスクでおにぎり片手にスマホを睨み付けるように凝視していた。
「先輩? 難しい顔してどうしたんですか?」
「五藤さん」
以前、ラーメン屋に誘ってくれた葉月が担当している後輩である。手には会社近くにあるコンビニのマークが入った袋が一つ。
「お昼買ってきたの?」
「はい、先輩もコンビニですか?」
「そう。と言っても来るときに買ったから駅近のところのだけど」
隣のデスクに座った彼女は、サンドウィッチの包装をぱりぱりと剥がして「それで」と話題をぶり返した。
「そーんな怖い顔して何見てたんですか?」
「あぁ・・・・・・最近料理はじめてさ、レシピ色々探してるんだけど中々思うように作れなくてさ」
そこで葉月は、はたと五藤を見た。
「そうだ、五藤さん初心者にも作りやすいメニューとかおすすめのレシピ書いてる人とかいない?」
「ん~~、んと、わたし実家暮らしで料理はほとんどしないんですよね。お母さんからは台所から追い出される始末で・・・・・・料理以外の家事なら私の当番なんですけど」
もごもごと動く口から悩ましげな音が響き、飲み込んだ五藤から発せられた内容に葉月はがくりと消沈した。
「そうなんだね・・・・・・」
それはまた意外だった。
五藤は有り体に言えば「女子」という印象を詰め込んだような女だ。
明るい茶髪はいつも綺麗に巻かれていて、ナチュラルメイクにほんのりピンクの頬。適度に明るく、大人しく。誰にでも分け隔てなく接する態度に男性社員たちからはアイドル扱いだ。
綺麗に手入れされた爪を見て、
(料理しないんだ・・・・・・)
と、葉月は改めて思った。
ふわふわした甘さを含んだ印象の五藤は、少し前までの姉と被る。
葉月の姉である奈葉は、家を出るときに長かった髪をバッサリ切って、ひらひらしたスカートよりも細身のパンツスタイルを好むようになった。
そして、姉は料理を始めとした、家事などの生活力は申し分なく身についている。
そのせいだろうか、葉月は勝手な先入観として五藤も料理などに凝っているものだと思っていた。
「先輩って一人暮らしですよね?」
「うん、そうだよ」
「どうして今更料理に目覚めたんですか? 食べさせたい人が出来たとか?」
きゅるんと丸い双眸が葉月を映す。その奥に、わくわくと弾むような期待が含まれていることに気づいて慌てて両手を振って否定する。
「いや、彼氏とかそう言うんじゃないよ?」
「そうなんですか? てっきり恋人だと思ったのに」
なーんだ、と五藤は残念そうに肩を竦めた。
(食べさせたい人、か・・・・・・)
葉月の脳裏にマオの姿が浮かぶ。
物珍しそうに赤い瞳がキョロキョロと動く。おっかなびっくり伸ばされる箸。口に入れて少しだけ和らぐ目元。
もっと美味しいものを、もっと色んなものを食べて欲しい。
「食べさせてあげたいって意味なら間違ってはないかな」
目敏く葉月の言葉を拾った五藤は喜色を浮かべて続きを促す。
「全くそういう関係ではないんだけど、ちょっと一緒にご飯を食べる機会が多くてさ・・・・・・もうちょっとレパートリー増やしたいなぁって思ってて」
「なるほどぉ。もういっそ本人に何食べたい?って訊いてみたらどうですか?」
「本人にね~・・・・・・」
きっとマオはこっちの料理なんて知らないし、あちらでの料理名を言われても葉月では作れない。
「マオに直接・・・・・・直接かぁ」
――もう買い出しについてきて貰えば良いのでは?
そうすれば、マオの食べたい物を選んで貰ってレシピを調べれば良いし、マオも知らない世界を見るのは楽しいんじゃないか・・・・・・?
「うん、それならいいかも」
「あはは、先輩やっと眉間の皺とれましたね」
両手で持ったサンドウィッチをはむっとくわえて五藤が笑う。くすくす笑う姿がよく似合う、葉月とは真逆の女性らしさを詰め込んだ子。
「あ、あのさ、五藤さんて土日どっちか空いてる?」
「今週のですか?」
「出来れば・・・・・・」
きょとりの瞬く五藤の目から逃げるように葉月が顔を背けた。急なことを言っているとわかっている。しかも、会社の先輩と休みの日にわざわざ会うなど五藤からしたら罰ゲームでしかない。
しかし、葉月一人では荷が重いのだ。
「どこか行くんですか?」
「実は、服を選ぶのを手伝ってくれないかなって・・・・・・五藤さんおしゃれだし、可愛いし私一人じゃ不安で・・・・・・」
尻すぼみしていく言葉の中で、「服」という単語に五藤は目を輝かせた。
「わあ! 行きます、行きます! 土日どっちでもいいですよ!」
「ほ、本当!? じゃあ、お願い。時間とか待ち合わせ場所はあとでメッセージ送っておくから」
「あ、お店は私が決めても良いですか? 最近隣町に出来た大きなショッピングモールがあるんですよ。そこにしませんか? いつも電車から見てて一回行きたいな~って思ってたんです」
「いいよ。逆に助かる。あんまりお店とかも詳しくないからさ」
「じゃあ、開店時間は調べて送っておきます」
弾むような語尾に、まさかまだ誤解が解けていないのではと訝しんだが、自分から話題をぶり返すのも嫌だった。
(男の服を選びに行くっていうのに間違いはないからなぁ・・・・・・)
そう、マオと連れだってスーパーに行くのは良いが、あの姿をどうにかしないといけない。しかし、あの貌と並んで見劣りしない服となると葉月のセンスでは心許ない。
申し訳ないが、五藤の勘違いはそのままにしておこう。妙に張り切った五藤を横目に、葉月はおにぎりの最後の一口を飲み込んだ。
まさか五藤が葉月自身の服を選びに行くのだという、別の意味の勘違いをしているとは思ってもいなかったのである。
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