三話

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「あ、葉月先輩ここでーす!」 「ごめんね、電車遅延してて」  小走りで駆け寄った葉月に、五藤はのほほんと笑いながら「大丈夫です~」と受け流した。 「それより、早く行きましょう! 土日は混むと思うで、開店すぐが穴場ですよ」 「う、うん」  いつもは下ろしている茶髪が、今日は後頭部で一つにまとめられている。桃色の淡いシュシュがまた五藤によく似合う。  いつもよりは子供っぽく、しかしベージュのトレンチコートや膝下までの暖色のスカートでまとめられたファッションは、きれいめな大人の女性の印象も損なわせない。 「先輩って私服でも格好いいですね。しかもめちゃくちゃ足長いし」 「そうかな? 身長が無駄に大きいからそう見えるだけだと思うけど」  見上げてくる彼女を見て、ヒールのあるブーツは失敗だったかとひやりとする。ただでさえ小柄な五藤と長身の葉月では身長差があるのだ。五藤はローヒールのパンプス。差は開き、頭一つ分は違うかもしれない。  そのでこぼこ具合のせいか、時折周囲から視線が飛んでくる。  それは対照的なファッションも関係あるかもしれない。柔らかな雰囲気の五藤に対して、葉月は堅くきつい印象だ。  赤いタートルネックのセーターに、ハイウェストのデニムパンツ。そして、黒のジャケット。たしかに五藤の言うとおり、足は長く見えるかもしれない。 「スーツもパンツタイプですし、そういう服が好きなんですか?」 「そう、かな・・・・・・?」  好きかと問われると素直に肯定できない。自分に合うのはこういう系統の服だとはわかっているけれど、好きとは多分違う。  かと言って、五藤の着るようなふわふわと見るからに柔らかい雰囲気を醸し出す可愛い服の方が好きかと言われても困ってしまうが。 (私って、何が好きなんだろ) ――葉月、この服かっこ良いよ。 ――もう我慢しないで女の子らしい格好していいんだよ。  若い頃の母の姿、髪をバッサリと切った憂い顔の姉。浮かんでは消えて、葉月の胸に燻った疑問だけを残していく。 「今日もそんな感じの系統の服のお店を見ます?」 「え?」  はて、今この子はなんと言ったか?  頭一つ分下にある五藤を見る。彼女は驚いた葉月の声を否定と取ったらしい。 「いつもと同じ服ならわざわざ私のこと呼ばないですよね、すみません」  と、朗らかに言った。 「もしかして、五藤さん私の服だと思ってる・・・・・・?」 「え? 他に誰の服選ぶんですか?」  至極当然と頷かれてしまえば、葉月は言葉を考えながらどうにか事情を告げる。 「・・・・・・つまり、彼氏の服を選びたいと」  それって私が一緒にいて大丈夫です? と思った通りの反応を見せる五藤に、ただ葉月は一言――彼氏ではないんだ。と重ねるだけに留めた。  あまり否定しすぎても怪しまれると思ったのだが、もう手遅れな気もする。 「彼氏さんて、どんな服が好みなんですか?」 「うーん、着てるのはフォーマル? なんかヨーロッパの貴族みたいな、なんだろシンプルゴージャス?」  前半部はもう無視して会話に挑むが、あれをどうやって言ったら良いのかがわからない。そもそもが異世界の人間なので、五藤の思い浮かべる人物像とはかけ離れているだろう。 「なんだか個性的な方なんですね」 「あ、はは・・・・・・」  魔王だしな、とは言えないので心の内に留める。 「じゃあ、先輩が彼氏さんに着て欲しい服はなんですか?」 「着て欲しい・・・・・・考えたことなかったな。顔がちょっと綺麗すぎるからあんまラフだと顔が浮くと思うんだよね」 「えー、写真とかないんですか?」 「ないない、まだ出会って一、二ヶ月だし写真なんて撮らせてもらえないよ」  すると、五藤はまた驚きを表して「そうなんですか!」と声を上げた。  訪れたショッピングモールは、五藤が毎日通勤電車から眺めていたと言っていたほどなので、駅からそう遠くはなかった。  真新しい建物は西と東で大まかにフロアが分かれているらしく、真ん中の連絡通路で繋がっている。  五藤は開店直後ならば穴場だと言っていたが、それでも結構な客の姿が見える。通り過ぎた駐車場だって、遠い場所は空きが目立つが、近場は全て綺麗に埋まっている。  まずは駅側にある東のフロアから回っていくらしい。あまりに広いので、東だけで目当てのものが見つかれば、西は今日は遠慮したいところだ。全部ぐるっと回ったら筋肉痛になりそうで恐ろしい。 「でも、綺麗すぎて顔が浮いちゃうってやばいですね。顔面国宝じゃないですか」 「見た瞬間に記憶吹っ飛びそうになるよ」  普段はそこまで表情を動かさないから、精巧な作りの人形を眺めるように見ていられるが、少しでも感情がのると、途端に生気が増して生きているという衝撃に頭がおかしくなりそうだ。  事実、葉月はあの顔で腰を抜かしている。 「どういうのがいいでしょ。私、男の人の服ってあんまりわかんないんですよね」 「え、そうなの? 五藤さんなら彼氏さんのとかで慣れてそうだけど」 「私、彼氏いないんですよ~。高校の時に一回付き合ったんですけど、やっぱ一人でいいや~って思ってそのままです」 ――あ、傷つけた。 ちょっとうんざりしたみたいに下がった眉。ため息をつくように吐き出された言葉。  見た目じゃその人自身のことはわからないと、姉のことでよく理解していたはずなのに。 「ごめんね、勝手に決めつけて」 「先輩は悪くないですよ! ただ、たまーにそれでぐちぐち言われるので思い出しちゃって」 「でも、勝手に私が思い込んで無茶なお願いしちゃってるし、本当にごめんね」  葉月があまりに真摯に謝るものだから、五藤はおかしくなって笑いながら「いいんですよ」と手を振った。今まで、嘘だなんだと疑われることはあっても、こうして謝罪を述べられたのは初めてだったからだ。 「それより、早く彼氏さんのお洋服選んじゃいましょう!」 「うん」  彼氏ではないんだってば、と今日何度目になるかわからない突っ込みは、やはり葉月の心の中だけで消化された。 「よく考えたらサイズも知らなかったのはまずかったよね」 「そうですね・・・・・・返品できませんし・・・・・・買っちゃって良かったんですか?」  窺うように五藤の視線が飛んでくる。葉月はへらりとそれを流して、出入り口近くに設置されているカフェを指さした。 「今日のお礼に一杯奢るけど、どう?」 「はい、ごちそうになります」  ホットコーヒーを二つ頼んで席に着く。店内は昼時には少し早いせいか、まだ空席が目立つ。 「もっと時間かけても良かったんですよ? 結構あっさり決めちゃってましたけど」 「そんなことないよ? 五藤さんのアドバイスとか店員さんにも話聞いて私も納得して買ったんだし・・・・・・きっと似合うと思う。サイズだけが心配だけど」 「でも、彼氏さん結構細いんですね? 聞けば聞くほど芸能人か二次元かと思っちゃいますもん」  ある意味、二次元だと言われた方が納得だ。  傍らに置いた大きめの紙袋とそこにしまい込まれた服を思い出し、むずがゆさが葉月の身体に走る。 (これを見せたら、どんな顔するかな)  驚いて、それから――?  センスがないってがっかりされるかな、いや思っても顔には出さないかも。喜ぶだろうか、どんな顔で笑うだろうか。 「ご飯食べさせたい人も、同じ人ですよね?」 「あ、うん。そうなの」 「先輩、その人のこと大事なんですね」 「え?」 「だって、そうじゃなきゃわざわざ服選んでトータルコーデ買ったり、ご飯のメニューで悩んだりしないですよね? 適当な相手じゃ悩みもしませんもん」  そう言われてしまえばその通りだ。 (大事に思ってる・・・・・・? 会ってまだ二ヶ月も経ってない男を?)  素直に肯定するには、葉月とマオの関係は複雑だ。あけすけに全てを人に話せるわけでもないので、五藤の言葉には曖昧に濁すしかない。 ――まあ、でも  美味しいご飯を食べて欲しいなって思うぐらいには、葉月はマオを好意的に思っているのは本当のことだった。 「今日はありがとうね。今度、ランチ奢るから」 「そこまで気にしなくていいですよ~。でも先輩とご飯には行きたいので誘ってください。もちろん自分の分は払いますから」  五藤とは路線が反対なので、改札を通ったところで別れる。  今日の昼食を誘わなかったのは、五藤の休日の時間をこれ以上奪わないためだったのだが、この調子では礼をさせてもらえそうにない。 「一回ぐらいはご馳走させて。先輩の顔を立てると思ってさ」 「はぁーい。そういうことなら喜んで。また月曜日に」 「またね。気をつけて帰って」  大きく手を振っている五藤の姿は、随分と若々しく輝いて見えた。 (社会人にはない活気が見えるわ・・・・・・)  買い物の途中で、何気なく言った五藤の言葉が蘇る。 「こういう格好のせいで誤解されてるっぽいんですけど、話すと結構気が強いよね、とかイメージと違うってよく言われるんです。私はただ自分の好きな格好してるだけで、私自身は何も変わらないのに、ガワだけでこうだって決めつけられるんですよね」  困っちゃいます。とうんざりしたという口調にも関わらず、その言葉は随分と軽やかで五藤がそれで傷ついたりしているようには見えなかった。  恥ずかしさを覚えつつも葉月が手を振り返せば、さらに笑みが深くなって快活さを増した。 「せんぱい! 冬はお鍋も良いけど、シチューやグラタンもいいですよね!」  去り際の台詞にしては随分と独特だった。  葉月が声を上げようとしたときには、もう彼女の姿はない。  ふわふわした綿菓子みたいな甘さを含む容姿なのに、実は結構大きな声で笑うし、自分の意見をはっきり持っててマイペースというか勝手なところもある。 ――私が好きだからこの格好をしてるんです。  さっきまで家に帰るのが楽しみで、マオのことを思い浮かべてワクワクしていた感情が萎んでいく。 「私にもそんな風に言えるものがあれば、違ったのかな」  人がまばらなホームで呟いた言葉は、ちょうど通過した快速電車の風にさらわれる。  見下ろした自身の服装が、葉月には張りぼてみたいに感じられた。
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