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ホワイトソースをスプーンですくう。口の中がひりっとした熱さを感じ、はふっと無意識に息を漏らすが、どこかぼんやりした頭はそのままだった。
「どうした」
「え?」
「浮かない顔をしている。焦がしたことを気にしているならあまり気に病むな。いつも通りうまい」
そう言ってマオも目の前のグラタンを食べる。しかし、熱くて口に入れられないのか唇でソースの先をつまむ程度だが。
人に言われると急に食べたくなるもので、五藤と別れた帰り道、スーパーで市販のホワイトソースを買ってきたのだ。
タイミング良くその翌日――つまり今日、マオと扉が繋がったものだからこうしてグラタンを「あつ、あち」と上がる声を聞きながら少しずつ食べ進めていた。
昨日の五藤の姿が随分と輝いて記憶に刻まれている。それと自分を比較して、どこか鬱屈としていたのだが、マオはそれをグラタンを失敗したせいだと感じたらしい。
「少し苦いがうまいぞ」
「うん。焦がしちゃってごめんね」
返事をしなかったせいか、ちらりちらりと赤い二つの宝石がこちらを窺っている。同じようにフォローの言葉を畳みかけられ、葉月は謝罪でそれを受け止める。
マオはもごもごとスプーンをくわえながら気まずげに頷いた。
市販品だけあってグラタンは美味しい。ただ、チーズの表面が黒くすすを出してしまっている。
もうちょっと焼き色が欲しいなって、トースター追加しなきゃ良かった。
あれがなければ百点をつけられるぐらいには順調だったのだ。
「そういえば、マオにプレゼントなんだけど」
「ぷれぜんと・・・・・・?」
ぱちぱちと長い睫毛が落ちる。驚いたときにするそのマオの姿が、葉月の心を妙にくすぐる。買ってきたままの状態で置いていた紙袋を手元にたぐり寄せた。
「なんだ? これは?」
「服だよ。今度一緒に買い物どうかなって思って。どうせなら食べたい物は自分で選べた方が良くない?」
「それでわざわざ俺のために買ってきたのか」
ここで葉月はマオの様子に内心で首を傾けた。
あれ? そんなに喜んでない?
諸手を挙げてはしゃぐとは想像していなかったけれど、もう少し・・・・・・強いて言うなら、いつも食事をする時みたいな柔らかな雰囲気になると思っていた。
(実は外に出たくないとか?)
よく考えたら、マオからしたら突然すぎるし、急に決定事項のように服を突き出されては気分を害しても仕方がないのでは?
サアッと顔から血の気が引いていく。頭にはただ、やってしまった。の言葉しかない。
「あ、ごごめん!急すぎたよね? 先にマオに訊けば良かった。知らない世界だし警戒するよね。いやーほんと考えなしで突っ走っちゃって私ったらやだな」
わざとらしく喉から出る笑い声は歪だった。湯気を立てるグラタンとは反対に、葉月は氷を丸呑みしたような冷たい痛みに襲われていた。
パンツの方は長さがあまるが、アウターなら葉月でもなんとか着られる。無駄になるわけじゃないと心に言い訳をする。
紙袋を回収しようとマオを呼ぶ。しかし、伸ばした葉月の手から紙袋はするりと距離を取った。正確には、マオが抱えたままの状態で後ろに退いたのだ。
「マオ? 勝手に買ってごめんね。それはこっちでどうにかするから」
「きる」
「え・・・・・・?」
あまりにも一瞬だったせいで聞き逃した。正しくは意味を理解できなかった。
葉月の頭が勝手に良いように解釈したのだと思ったのだ。
「着る。俺に買ってきたのだろう・・・・・・?」
――なら、俺のものだ。
鋭い爪を宿した指に力が入り、紙袋から乾いた音が出る。放心した葉月を余所に、マオはグラタンをつまむ作業に戻る。――自分の膝に紙袋を乗せたまま。
(なんて言った・・・・・・?)
俺のものってなんだっけ。そんな疑問が浮かぶほどに停止した頭は、たっぷり時間をおいて再び起動する。
「いやじゃなかった?」
「嫌ではない。外に出るのは・・・・・・まあ知らぬ世界だから警戒はするが、気になるのも本当だ」
「そっか、やじゃなかったか。よかった・・・・・・じゃあ、早速着替えてよ!今から買い出し行こう!」
「んぐ、今からか?」
マオの目が窓に向けられる。
もう真っ暗だと言いたいのだろう。
「大丈夫! まだ八時だし、近所のスーパーは九時までやってるから間に合う」
「だが・・・・・・グラタンが」
冷めてしまう。と残念そうに言われては葉月は浮いた腰を落ち着かせるしかない。
「じゃあ、次の時に行こう? よく考えたらご飯の途中だったもんね・・・・・・ごめん、舞い上がって」
出来ることなら着てみて欲しかったが、ここまでグラタンを楽しんでもらえているのだ、これ以上を求めては罰が当たる。
(よく考えたら私すっぴんだからマオの横に立てないわ)
風呂もすでに済ませてしまった状態だ。もちろんもメイクも綺麗に落としてある。
普段は仕事や誰かに会う予定でもない限り気にはしないが、この男の隣に、となれば話は別だ。
(角隠しで帽子は買ってきたけど、もしかしてマスクもつけさせた方がいいかな?)
しかし、あまり隠しすぎて不審な目で見られても困る。
さじ加減の見極めが難しい。しかし、この顔を無防備に晒して歩くのも気が引ける。しかも近所のスーパーへとなると、たちまちに噂話の的になる。
――とりあえず、そのときに考えよう。
十二月もすでに半ば。次に会えるのはいつだろうか。
出来れば年内にもう一回くらいは会いたいな、と思ってみる。そして、その時にはマオに少しでも外の様子を見せられたら、と。
不安なことも色々とある。主には彼の美貌に関することだけれど。
しかし、そんな葉月の心配も全て無駄だったと知る羽目になる。
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