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幕間
放課後、俺は未來とともに帰路をたどっていた。
「……今日は、ありがとね」
静かに、微笑みながら未來はこぼした。
「別に、俺がしたかったことだ。というか、いいのか?絆と一緒に帰らなくて」
「うん。あれだけのことがあったとはいえ、まだ若干の隔たりはあるから。でも、それも直になくしていけそうだよ。全部隆人のおかげ」
「そうか。ならよかった」
俺は安堵の息をつく。
「……ねぇ、一つだけ教えて?」
「どうした?」
妙な間を開けてそうつぶやく未來に、俺は視線を送る。
「なんで絆を助けてくれたの?」
「……なんで、か」
「隆人にとって、私達のこの問題は別に関わる必要はなかった。私がお願いしたとはいえ、私と隆人の関係性上断ることだってできたはずだよ」
俺はそんな未來の問いに、苦笑を浮かべて言った。
「……単純な話さ。俺が絆に既視感を抱いただけだ。あいつは独りだった。孤独で、それが苦しくて、でも頼れる人がいなくて。俺も同じだったんだよ。だから俺は、そんなあいつの苦しみが痛いほどよくわかった。だから、手を差し伸べてやっただけにすぎない」
「……隆人も、苦しかったの?」
未來の発言に、俺はまた失言してしまったと気づいた。
もう、誤魔化すことはできないか。
「そうだな。苦しかった。だから絆には、そんな思いをこれ以上して欲しくなかったから、助けた」
「そう、なんだね」
「どうかしたか?」
少し言葉に引っかかる未來が気になった俺は首を傾げる。
未來は俯いたまま少し黙ると、こんなことを口にした。
「……隆人は、どうして孤独でいたの?」
弱々しく言う未來に、俺は思わず足を止めてしまった。
そんな俺に気づいたのか、未來も足を止め、俺を見つめる。
「あのっ、無理だったら、別に言う必要なんてないから。私は強要してるわけじゃない。もしよかったら、言って欲しいなって思っただけであって」
「……それを聞いて何になる?」
「えっ?」
俺の震える声に戸惑ったのか、未來はそんな素っ頓狂な声を上げた。
「……俺の過去なんか聞いたって、何もいいことなんかない。お前が苦しむだけ。それに、これは俺の問題だ。お前が首を突っ込むような話じゃない」
「……わかった」
俺の声を聞いたからか、それとも、俺の意思を読み取ったからか、未來は素直に首肯した。
「申し訳ないが、俺を一人にしてくれ。そうだ、絆のところに行ってやったらいい。お前と絆が一緒にいる時間が長ければ長いほど、その隔たりはすぐになくなる。まぁ、関わり方次第だけどな」
「……わかった。気をつけて帰ってね」
「お前もな」
「それじゃあ、バイバイ」
「あぁ」
作り笑顔を見せて手を振る未來を、俺も笑顔を作って見送った。
そうして未來は1分足らずで見えなくなってしまった。
一人になったところで、俺は大きくため息をつく。
……また、トラウマだ。
いつも俺につきまとってくる。
ここ最近は絆のことに気をかけてやってたから、さほど辛くはなかった。
でも、絆のことが一段落したら、またトラウマが俺に牙を向けてきた。
もう嫌なんだよ。
トラウマに縛られて生活するのは。
だから俺は未來のお願いを受けた。
そうすれば、自分の中で何かが変わるんじゃないかと、そう信じて。
でも、ダメだった。
何も変わっちゃいない。
むしろ悪化している。
……嫌だ。
人を疑うのも、信じるのも、迷惑をかけるのも、救うのも。
俺は頭を押さえる。
足元もおぼつかなくなって、どこかの家の塀に背中を預けた。
どうしたらいい。
どの選択肢を取れば、俺は正解の道に行けるんだ……?
俺が無我夢中に思考を渦巻かせていると、頭の中に一つ、"声"が響いた。
「……えっ?」
俺は、そんな情けない声を出してしまう。
だって、頭の中で響いた"声"が紡いだ言葉は、
「未來を、助けてあげて……?」
俺はその"声"を反芻させる。
なんだ?何がどうなってる?
俺は"声"を聞くと、帰路とは違う道へ足を動かした。
いや、自分の意思ではない。
俺の足は、何者かの力によって動かされていた。
そうして歩いて、歩いて、歩き続けて……
俺は、町外れにある小さな神社へと足を踏み入れた。
俺は何故こんなところにいる?
意味がわからずに唖然としていると、
『未來を……助けてあげて……』
"声"が聞こえた。
「また……この"声"」
しかも、今度は頭の中ではない。
ちゃんと耳に届いている。
"声"は、女性の声だった。
おしとやかな、気品のある声だった。
俺は痛む頭を押さえながら絞り出すように言った。
「お前は、なんだ。何故、未來の名前をだす」
額に汗を浮かべながら俺はそう言うと、その声に反応するように、また"声"が響く。
その"声"に、俺は愕然することになる。
『私は……未來の……実の母親です』
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