3話 未來

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3話 未來

あれから俺らは少し雑談をしたあと、解散することになった。 泊まりたいと駄々をこねていた未來だったが、俺が断固拒否をして家から追い出そうとしたので、 『家まで送ってくれるなら、泊まらない』 と、未來はそう条件を俺に提示してきた。 泊まられるよりはまだマシだと判断した俺は、仕方なく未來を家まで送った。 ということは、泊まりに来るのだろうか……? そんな疑問を抱きながら。 そうして翌日。 俺は学校へ行くために足を動かしていた。 その時。 「よっ!」 そんな声とともに誰かがいきなり俺の肩を叩いてきた。 「うわっ!……って、なんだお前かよ」 肩を叩いてきたのは未來だった。 「お前じゃない。私にはちゃんと"未來"って名前がついてるの」 「はいはい、わかったわかった」 「絶対わかってない……」 未來はそうつぶやきながら、俺の隣を歩く。 「何してるんだ、早く学校行けよ。俺の隣を歩くんじゃねぇ」 「ひどい!別にそこまで言わなくてもいいじゃない!」 「うるせぇ!耳元でピーピー騒ぐな!」 耳鳴りのやまない耳を両手で抑えながら俺は叫ぶ。 「……って、私はこういう言い合いがしたくて話しかけたんじゃないの」 独り言のようにごちる未來は、俺のほうに視線を向けた。 「ねぇ。隆人は班ってもう決まったの?」 「班?」 俺はその単語を反芻させながら眉をひそめる。 「……もしかして昨日、先生の話聞いてなかったの?」 「なんか話してたか?」 俺のその返答を聞くやいなや、未來は大きなため息をついた。 「ほら、もうすぐ修学旅行じゃない?昨日聞き忘れたんだけど、自由行動の班ってどうするのかなって思ってさ」 「そうか。もう修学旅行か……」 「そうだよ。で、班ってどうするか決めたの?」 俺の独り言をいなし、未來はさらに問い質してくる。 「どうするって……別にまだ何も決まってねぇよ」 「だったら丁度いい!」 そう言うと、未來は人並みにはある胸の前で手を合わせる。 パチン!と心地よい音がなった。 「ねぇ、私と一緒に行動しようよ。どうせ、特に誰かと一緒になんてできないでしょ?」 「……周りが俺に関わりに来ていない訳じゃない。俺が周りに関わりにいっていないだけだ。だから、その部分をマイナスとして捉えるのはやめてほしいものだな」 「でも、人がいないのは事実でしょ?」 「……」 俺はその問いに無言を返した。 「だから、私が一緒に行動してあげるって言ってるわけ!」 「そうは言っても、ただお前が俺と一緒の班になりたいだけだろ?」 「それもあるけど、実際隆人の周りには本当に人がいないじゃん。班つくるの苦労するだろうなって思ったからこそ、私は隆人を誘ったんだよ?」 「余計なお世話だ。それに、俺はお前とは一緒に行動なんかしない。一人で行動する。」 「一人で行動するのは、先生だめだって言ってたよ?」 間髪入れずに未來が口を挟む。 不覚だった。 俺は未來の言葉に、再び無言を返してしまう。 「だから私と一緒に行動しよ?下手に知らない人と班になるよりも、絶対こっちのほうがいいよ」 「知らない人って勝手に決めつけるな」 「ありゃ、これは失敬」 未來はおちゃらけた様子で頭に手をやる。 ……だが、たしかに未來の言うとおりかもしれない。 俺には全くと言っていいほど友達という人がいない。 それどころか、俺のクラスにいる奴らは俺のことを知り合いとも思っていないだろう。 完全なる赤の他人だ。 まともに喋ったことすらない。 そんな俺が未來以外の人と班をつくるとなると、確実に知らない奴ばかりになる。 下手にそういう奴とつるむよりかは、未來と一緒に行動したほうがいいのか……? でも、未來以外の奴と班をつくって、俺から未來を引き離すほうがいいのかもしれない。 これ以上関わってしまったら、俺はきっとあのトラウマと同じ道を辿ってしまうことになるだろうから。 ……でも。 俺は未來をちらりとだけ見る。 未來は口元に優しく笑みを浮かべ、俺の返答を待っていた。 俺だって人間だ。 ついでとはいえ、俺のためを思って未來は俺を誘ってくれているのだ。 そんな未來を否定するのは、俺の良心が痛む。 ……いや、それは本音を隠すための言い訳か。 どっちにしろ、俺が未來に過度に思い入れなければいいだけの話なのだ。 そうすれば、万が一のことがあったとしても俺は傷つかずに済む。 俺は未來の誘いに反応するために口を開く。 「……わかった。じゃあお前と一緒に行動してやるよ」 「本当に!?」 未來は再び胸の前で手を合わせた。 さっきよりも明るい音が響き渡る。 「じゃあそういう方向で。どこに行こうね」 未來は子供のように足取りを軽くしながらつぶやく。 「お前に任せるよ。俺は行きたいところないし」 「わかった。じゃあ勝手に決めとくね」 そこで会話は途切れた。 普通の、ましてや出会ってすぐの友達関係であれば、ここで一つの沈黙が俺らを支配する。 次の話題をどうすればいいかが分からず、立ち止まってしまう。 でも、未來は違った。 「それにしても、だいぶ打ち解けてきたよね、隆人。昨日の帰りなんかほとんど口聞いてくれなかったのにね。やっぱり、あの時のぎゅーが効いたのかな?」 「うるさい。それ以上言うな」 「はーい」 くすくすと笑いながら返す未來。 ……実際、打ち解けてきたのは事実だった。 未來は人当たりがよく、昨日は自分でも無愛想だと思う程に冷たく接していた俺に、未來は笑顔で接してくれていた。 勿論、会話の流れで不満そうな顔を見せたり、怪訝そうな顔を見せたりもしていたが、最後は必ず笑顔に戻っていた。 昨日のハグだって、あんなに幸せなハグをしたのは初めてだった。 そんな未來と接することは俺にとっての癒しであり、救いだった。 白黒で何も面白みのない俺の人生に、色をつけてくれた存在だった。 俺の中で未來の存在は、たった一日だったけれど、すごく大きな存在になった。 そんな存在を突き放すことが、何より苦しかった。 信じたい……信じてしまいたい…… そんな感情が、俺の中を渦巻く。 でも、信じるのが怖い。 どうすればいいのだろうか。 一体、どうすれば…… 「……と……隆人!」 未來のその声に、俺は俯かせていた顔を勢いよく上げる。 「なんかあったか?」 不意に俺は、そこで初めて笑顔をつくろうとする。 未來に、心配をしてほしくなかったから。 でも、俺の顔は笑顔をつくろうとしなかった。 「大丈夫?なんかすごく辛そうな顔してたけど……」 不安そうに俺を見つめてくる未來。 その視線が、今の俺にはとても痛かった。 俺は未來から視線を外す。 「どうしたの?」 不安に満ちた声が右隣から聞こえてくる。 「……ごめん、一人にしてくれ。」 今、未來がどんな顔をしているのかは分からない。 でも…… 「わかった。じゃあ私、先に行ってるね」 未來は優しい声でそう言って、歩くスピードを早めた。 1分足らずで、未來はもう見えなくなってしまった。 未來は気の利く奴だ。 相手には見せないように常に相手のことを伺って、最善の行動をする。 会話だって、未來はきっと自分がどこまでいっても相手が嫌がらないか分かって話しているはずだ。 実際に俺は最初、未來に絡まれて嫌な気持ちはしなかった。 上手く言い表せないが、未來は会話の上で相手を不快にさせないスキルを身に着けているような、そんな気がした。 そんな未來だからこそ、俺は心を許してしまいそうになる。 そんな未來だからこそ、同じ運命を辿らずに済むのではないのかと、そう思ってしまう。 今だって、未來は俺のことを思って先に行ってくれた。 追求することなく自分が俺から離れることが俺にとって最善だということ、そして俺がそれを望んでいたことも、未來はきっと分かっていた。 そんな気がしてやまない。 だから余計に、俺は未來を信じてしまいたくなる。 でも、俺は知っている。 どんな人間にも必ず、負の顔があると。 少なからず俺は、そういう奴らにたくさん出会ってきた。 俺が出会ってきた奴らはすべて負の顔があったと言っても過言ではない。 未來だってきっと、あの笑顔の裏に負の顔を隠しているに違いない。 そう疑わずにはいられなかった。 ……今日も苦しい一日になりそうだ。 あいつのおかげで__ 枷が付けられたかのように重たい足を引きずりながら歩くこと10分、俺はようやく学校に辿り着いた。 これから教室に入って周りにいる奴らと一緒に授業を受けるのかと思うと億劫で仕方ない。 このまま引き返して家に帰ってしまおうかと思いたくなるが、俺はその欲求をぐっと堪える。 最後にあんな姿を見せてしまった手前、もう未來には心配されたくない。 今だってきっと、俺のことを心配してくれているはずだ。 あいつはいい奴だから。 「……行くか」 自分が情けなかった。 もう他人とは絶対に関わらないと心に誓っていた。 でもそんな決意はぽっと出のいい奴によって崩れ去ろうとしている。 俺の決意はそんなものだったのかと情けなくて仕方ない。 ……でも、俺はもう疲れた。 高校に上がって1年間、俺はほとんど誰とも接してこなかった。 すべてはあのトラウマを呼び起こさないために。 そのために俺は、傷んだ良心を癒すこともなく、精神をすり減らし、周りとの関係を断った。 ……もう限界だった。 誰かに縋りたかった。 一人で戦うのはもう疲れたから。 だから俺は、とある一人の少女に縋ろうとしている。 ……ほんと。 なんで俺はこんなにも情けないのだろうか__ 教室に着き席に座ると、誰かがこちらに向かってきた。 ……未來だった。 「隆人、大丈夫?」 未來は不安げに俺を見つめてくる。 「あぁ」 「なんかあったら言ってね……って言っても、今の私なんかじゃ言っても意味なんてないか」 自虐的に笑みを浮かべる未來。 ……やはり気を使わせてしまっている。 その事実が、俺の胸をさらに締め付けてくる。 「……いつか、言えたら言うさ」 俺のそんな返答に、未來は目を見開く。 まさかそんなことを言われると思わなかったのだろう。 実際、俺もこんなことを口に出すなんて思っていなかった。 ……昨日までは。 未來と一日接してきた上で、俺の中で一つ思うことがあった。 未來は、違うかもしれないと。 未來には、他とは違う何かを感じた。 それが何なのかまでは俺の中でも答えは出ていない。 でも未來は、俺が出会ってきた奴らとは違う。 だから、大丈夫なのではないのかと。 不覚にも、そう思ってしまった。 でも、俺だってすべてを信じちゃいない。 だから俺は、ああいう返答をした。 「……わかった。いつでもいいから、隆人の心の整理がついたら教えてね。私はいつでもいいから」 未來は口元に薄く笑みを浮かべながらそう念を押した。 「あぁ、ありがとうな」 俺も返すように、ここで初めて未來に笑顔を見せた。 「……うん!」 未來はとびきり明るい返事をすると、自分の席に戻っていった。 ……これで、少しでも心配させずに済んだだろうか。 自意識過剰だと言われるだろうが、事実なので言う。 未來は、俺のことが好きだ。 理由は分からない。 ただ、夕日の射し込むあの階段で一度告白をされてから、もう未來の口から告白らしき言葉は出てこなかった。 ……多分、これも未來は気づいているはずだ。 俺が何らかの理由を抱えているから付き合えないと。 だからきっと、未來の口から告白の言葉は出てこなくなったのだろう。 言ったって意味なんてないし、なんならお互いにとって苦になるだけだから。 自分を、そして俺を痛めたくないから、未來は告白をしない。 きっと、そうなのだろう。 だけど、未來が俺のことを好きだという事実は変わりない。 だとすれば、俺が笑顔を未來に見せたら、未來は俺のことを心配せずに済むのではないのだろうか。 俺も自分、そして未來のために笑顔を見せた。 ただそれだけに過ぎない。 だというのに、罪悪感が半端ではない。 もう他人に見せることはないと思っていた、そしてもう見せまいと思っていた笑顔を、今日初めて他人に見せた。 ……また俺は、あのときと同じ道を辿るのだろうか。 トラウマを再び思い出し、机に突っ伏しそうになると、どこからか大きな声が聞こえてきた。 「勝負よ!斎藤未來!」 そんな、宣戦布告の叫び声が。
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