4話 絆

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4話 絆

俺は勢いよく顔を上げ、声のした方へ視線を向ける。 未來が席に座っていて、その正面で誰かが未來に指をさしていた。 ……なんだなんだ? 何がどうなってる? 俺が心の中でそう動揺するのと同じく、教室もざわつきが止まなかった。 だって、未來に宣戦布告をしている奴は…… 「……斎藤、(きずな)」 俺は思わずそうつぶやいてしまう。 そう、未來の正面に立ち、指を差し向けて宣戦布告をする彼女は、斎藤未來の妹、斎藤絆だったのだから。 「……どうしたの?ここは貴女の教室じゃないはずだけど」 指をこちらに差し向けてくる妹に向かって、私は声を上げる。 「知ってるよ。今日私がここに来た理由は、お姉ちゃんに勝負を持ちかけに来たため」 「勝負……って、なんの勝負?」 私は不快をわざとらしく顔に出しながらそう問うと、絆からは予想だにしていなかった言葉が飛び出てくる。 「決まってるでしょ。私とお姉ちゃん、どっちが鈴木隆人くんを自分のものにできるか勝負するのよ!」 「……はぁ?」 そんな腑抜けた声を吐き出すと同時に、心臓が大きく一回飛び跳ねた。 「なんで貴女が隆人を狙うわけ?何も接点なんてないでしょ?」 「お姉ちゃんには関係ない!いいから勝負を受けて!」 絆のそんな叫び声に、私は思わずため息をつく。 「……それに、どうして私が隆人のことを狙わないといけない訳?意味がわからない」 「とぼけたこと言わないで!私知ってるんだから!お姉ちゃんが隆人くんのこと好きなの!昨日だって、夜遅くに帰ってきたのも隆人くんの所にいたからでしょ!」 「絆!!」 私は絆の声に被せるように、思わず叫んでしまう。 絆は私の怒号に顔を強ばらせ、身をすくめた。 ……不覚だった。 もうそこまで知られているなんて。 けど、流石は私の妹と言ったところか。 私は険しくしていた表情を戻し、いつもの自分に戻る。 「貴女の勝負を受ける理由もメリットもなにもない。だから私は、その勝負を受けることはない」 「なんで!お姉ちゃんが勝負を受けてくれないと意味がないの!」 「なんで意味がないの?」 間髪入れずに、私は首を傾げながら口を挟む。 絆は失言に気づいたのか、眉間にしわを寄せた。 「うるさい!いいから勝負を受けて!」 どうやら絆は引き下がる気がないようだ。 ここで私が絆の勝負を拒否するのもいいけど、もし勝負を受けて上手く事が進めば…… 私は一瞬のうちに思考をまとめると、席を立ち、絆を見下した。 「……いいよ。その勝負受けて立ってあげる」 右口角を少しだけ上げながら私はそう宣言した。 「その上から目線、相変わらず気に入らない。……言ったからね?絶対私が隆人くんを手に入れて見せるんだから」 絆はそう言いながら、私を睨め上げる。 「やれるもんならやってみなさい」 お互いの視線が激しく交差する。 「……今日はそれだけ」 絆はそう言って教室を出ようとした。 その時、ざわつく教室の声を突き破るようにして一つの声が響いた。 「何勝手に話を進めてるんだ!」 俺は、気づけば叫んでいた。 このまま事を見過ごすわけにも行かなかったからだ。 教室中の視線が、今度はこちらに向く。 「素直に聞いていれば、未來と絆が俺をかけて勝負だって?ふざけるな!お前らの戦いに俺を巻き込むんじゃねぇ!」 なんで、こうなってしまったのだろう。 周りとの関係を断てば、俺は一人になれると思った。 一人になれば何も起きることはないと、そう信じて。 でも、神はどうやら俺を赦してはくれないらしい。 俺が再び口を開こうとすると、未來がこちらへ歩いてきて、急に俺の手を掴んできた。 教室のざわつきが一気に強くなる。 「っ……何をする」 急な出来事に、俺は思わず狼狽えてしまう。 「いいから来て」 静かな声で未來は言うと、俺を引っ張って教室を出た。 「おい!?もうSHR始まるぞ!」 俺のそんな叫び声は辺りをただ響いただけで、訴えは届くことなく、俺は未來に連れて行かれたのだった。 「……何がしたいんだ」 俺は今、屋上にいた。 近くには未來と絆が俺の逃げ道を塞ぐように立ちはだかっていた。 ……早く逃げ出したい。 その一心から俺は必死に隙を見出そうとするが、どれだけ目を凝らしても彼女らが隙を見せる様子はなかった。 「ねぇ隆人。さっきの私達の会話、聞いてたよね?」 未來が沈黙を断ち切るように声を上げる。 「だったらどうした?」 「だったらつべこべ言わずに、私達に勝負させて」 「……はぁ?」 俺は思わず、ほぼため息に近い気の抜けた声を出した。 「お前、何言ってるか分かってるのか?私達に勝負させてって、バカか?」 「お前じゃない!未來!」 「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」 俺は思わず叫ぶ。 未來くらいの頭なら、今そんなことを言っている場合じゃないこともわかるはずだ。 ……未來ならと思ってしまうのは、俺の勝手な思い違いなのだろうか。 「隆人くんの言うとおりだよ、お姉ちゃん。なんでさっきまで嫌がってたのに急に乗り気になったのさ。正直言ってキモいよ。」 黙っていた絆が蔑んだ視線で未來を見つめながら声を上げる。 「おい、いくらなんでもキモいは……」 「いいから隆人くんは黙ってて!」 「えぇ……」 絆の急な怒号に思わず困惑してしまう。 「それで、どうしてなの?」 絆は睨め上げながら問い質す。 「貴女には関係ない。貴女がさっき私にそういったように、私もそう言わせてもらう。」 未來は絆に視線を合わせ、冷たく言った。 絆は未來のその言葉に声を詰まらせてしまっている。 「……お願い隆人。私たちに勝負をさせて」 未來は俺に向き直ると、静かな声音でそう言ってくる。 「だから、なんでお前らの勝負に俺が付き合わなきゃ……」 俺が不満を言おうとすると、未來はいきなり俺の唇に人差し指を当ててきた。 俺は目の前で起こっている出来事に、思わず目を見開いてしまう。 「なっ……!?」 横からも動揺の声が聞こえてきた。 未來は俺の耳元に顔を持ってくると、静かに耳打ちをしてくる。 俺が顔をしかめるのと同時に、未來が俺から離れた。 「……お姉ちゃん、隆人くんに何をしたの?」 絆の、恨みの籠った声が響く。 「貴女には関係ない」 「そうやっていつも隠し事ばっかり!ねぇ、なんで私に教えてくれないの!?」 「貴女だってさっき私に隠し事したでしょ?」 「お姉ちゃんみたいにそんなにいっぱいはしてない!」 目の前で繰り広げられる口論に、俺はただ一人ついて行けずにいた。 「……あぁ、置き去りにしちゃってごめんね」 そんな俺に気づいたのか、未來は申し訳なさそうに笑みを浮かべた。 「とりあえず、隆人は私たちに勝負させてくれるってことでいいよね?」 仕切り直すように未來は声を上げる。 「……あぁ」 絞り出すようにして俺は相槌を打った。 「なんで……意味がわからない」 俺らから視線を逸らして絆はつぶやく。 「これは、貴女が望んでいたことじゃないの?」 「そうだけど、いくらなんでも心変わりが過ぎるでしょ!」 絆は未來に視線を合わせる。 「……まぁ、そういうこともあるんじゃないの?」 今度は未來が絆から視線を逸らした。 「嘘!絶対お姉ちゃんが何か吹き込んだんでしょ!」 「そう思うんだったら勝手にそう思ってたら?」 「なっ……!?もうお姉ちゃんなんか信じられない。そうやってお高く止まっていられるのも今のうち!私が隆人くんを手に入れて、お姉ちゃんなんかあっと言わせてあげるんだから!」 絆はまくし立てるように言うと、屋上を出ていった。 「……大丈夫なのか?あんなに突き放して。家でまた顔を合わせるんだろ?」 「別にこれくらい日常茶飯事だから、隆人が気にすることないよ」 そう言って未來は笑みを浮かべる。 その笑みは、どこか寂しげだった。 「……で、未來と絆が勝負しなきゃいけない理由ってなんだ?」 俺は頭を掻きながら問い質す。 「あぁ、そういえばまだ言ってなかったね」 「俺がちゃんと納得出来るような理由なんだろうな?」 「それについては自信があるから安心して」 ……どこに安心すればいいのか。 ついさっき、俺は未來に耳打ちをされたのだが、 『後でちゃんと隆人が納得する理由を言うから、今はその場の空気に流されておいて』 と言われ、そのままだった。 多分、俺が文句を言い始め、事が長引くと理解した未來は、次のように考えたのだろう。 まず未來は、俺に何かを吹き込んだように絆に見せかける。 そうして絆に、態度の変わった俺を見せて、1対2の劣勢を感じさせる。 分が悪く、もう何を言っても無駄だと感じた絆は、逃げるようにして屋上を去る。 そうした上で未來は、俺に改めて事情を話す。 話をややこしくする絆がいなくなったから、スムーズに話を進めることができる。 こういうシナリオだ。 確かにもうすぐSHRが始まる。 この状況にいち早く方をつけるには、確かにその方法が一番だ。 全く、あの状況でこんなことを瞬時に思いつくなんて、どれだけ頭の切れる奴なんだ。 「最初からいきなり重たい話になるけど、ちょっとの間我慢して聞いててね」 そう言うと未來は一拍を開けて、仕切り直すように口を開く。 「……実は、私と絆は血が繋がっていないの」 「っ……!?」 その事実に、俺は大きく目を見開く。 「重すぎてびっくりしたでしょ?ごめんね、いきなりこんな話題で」 未來は悲しげに微笑んだ。 「……構わない。俺は大丈夫だから、お前がもし話せるのであれば話してくれ」 「あっ。もしかして、私のこと心配してくれてる?」 「こんな話題なんだ。それに、俺だって人間だ。心配くらいする」 俺は思わず未來から視線を逸らした。 「……ありがとう」 そう言うと、未來は目を閉じる。 ……きっと、この話題を続けることは未來にとって苦だろう。 でも、俺だって自分の身がかかっているから、ここで引き下がる訳にはいかない。 申し訳ないが、未來に頑張ってもらう他ない。 少し経つと、やがて未來は目を開く。 決意が固まったようだ。 俺も心の準備をする。 「私の家は元々父子家庭で、親が再婚した時に私は絆と出会ったの」 「再婚相手の子供が絆だったということか」 「そういうこと」 家族関係は少々複雑なようだ。 「その時からもう、絆は私に敵意剥き出しだった。詳しくは知らないけど、あっちもあっちでいろいろあったらしいの」 「そうだったのか……」 「絆と仲良くなろうと何回かコンタクトしてみたんだけど、全部跳ね返されちゃった。そうして仲は良くなるどころかどんどん悪化していって、今の状況に落ち着いているの」 ……他人を突き放す絆の気持ちが、分からなくもなかった。 きっと絆は親が再婚してから、誰も信じることが出来なかったのだろう。 だから他人を突き放した。 何があったのかは分からないが、少なくともそう考えるのが妥当だろう。 俺もトラウマをきっかけに、誰のことも信じることが出来なかった。 分からなくもないどころか、共感すらしている。 「それで今日の話に繋がるんだけど……」 未來はそこまで話したところで言い淀む。 「どうした?なんかあったか?」 俺が声をかけると、未來は決意を秘めた目で俺を見つめる。 今まで以上に真剣な声で、未來はこう言い出した。 「……隆人に、お願いがあるの」
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