荒野の決斗〜女賞金稼ぎマーサ・マリーに捧ぐ〜

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 強烈な太陽の日差しが雄大な赤い岩の砂漠をじりじりと照り付ける。遠くにはゴツゴツとした峰が広がっている。その見渡す限りの荒野を一頭の馬が駆けていった。さきほど青年を救い出した人物は、疾風のごとく馬を走らせている。黒いシャツに大きなバックルのついた黒いベルト、黒いパンツに黒いウエスタンブーツと全身真っ黒な服を身にまとい、白いカウボーイハットだけがその善良さを象徴しているかのようだった。  九死に一生を得た青年は、自分を助けてくれたのはどんな人物でなぜ助けてくれたのか聞きたくてたまらなかった。だが、救世主のほうは一言も口をきこうとしなかったので、黙っているほかなかった。  やがて馬は荒れ果てた農場跡地へたどり着いた。寡黙な救世主は馬から飛び降りると、慣れた手つきで荷物を降ろし始めた。ここまでずっと猛スピードで飛ばしてきて、ようやく一息付けた安心感か、深呼吸をして帽子を外す。  すると、プラチナブロンドの長い髪がさらりと流れ落ちた。  青年は、この抜群の射撃と乗馬の名手が女性であることにとても驚いた。しかもよく見ると、自分よりずっと若い、まだ20歳になったかなっていないかくらいの年頃らしい。ますますこの人物への興味が湧いてきたので、思い切って話しかけてみることにした。 「命を救ってくださり、ありがとうございました。お名前を教えていただけませんか」 「マーサ・マリー。賞金稼ぎだ」 「マリーさん、本当に感謝してもしきれません。このご恩をどうやって返したらよいのやら。素晴らしい腕前をお持ちですね。おかげで助かりましたよ」 「女だと思って馬鹿にしているのか」  マリーは青年をじっと睨んだ。その眉間に刻まれた皺からは、これまで何度も何度もこうして相手を鋭く睨み付けてきたことが分かる。 「い、いえ。そういうわけでは。とにかく、お礼が言いたかっただけなんですよ」  青年は慌てて謝罪した。マリーは唾を吐き捨てると、荷物を持って農場の崩れた柵の中へ入っていった。ここを隠れ家にしているようだ。廃墟になっているものの、雨風をしのげる程度には補修されている。マリーは丸太のベンチに腰を下ろすと、青年に話しかけた。 「銃は持っているか」 「いいえ、ないです」 「じゃあこれを貸してやる。たかが馬泥棒に追っ手をやるとは思えないが、用心するに越したことはない」  そう言って銃を放るので、青年は慌てて受け取った。フロンティア・シックス・シューター、民間用の回転式拳銃だ。ずっしりとした重みが、おもちゃではない本物であることを物語っていた。青年は銃なんてほとんど撃ったことがなかったので、手にしているだけでドキドキしてしまう。 「あの、どうして僕を助けてくれたんですか?」 「お喋りな奴は嫌いだ」  マリーはそう言って吐き捨てた。青年はひるんだものの、やはり自分とは縁のなさそうな人物がなぜ自分をここまで連れ去ってきたのか知りたかったし、どういうわけで荒くれ者やならず者に交じって女性が賞金稼ぎをしているのか興味があったので、引き下がりはしなかった。じっと見られていることに気付いたマリーは、ひどく不快そうに、ようやく口を開いた。 「ドン・アレハンドロの情報を町で集めていただろう」  青年は頷いた。  人呼んで三本指のドン・アレハンドロ、極悪非道な強盗団の親分。賞金1万ドル、生死を問わず。一味もまとめて捕えたら賞金は2万ドルをゆうに超える。 「あたしもアレハンドロ一味を追っているんだよ。だから、恩を感じているのならその情報を教えてもらえないか」 「そんなことならお安い御用ですよ。二人とも追っているものが同じなんですから、協力しましょう。僕を連れて行ってください、きっと役に立ちます」 「御守りはごめんだ」 「でも、情報がないんですよね。僕は交渉術が得意なんです。町の人と情報をやり取りするのなら、僕がいた方がうまくいきますよ。見たところ、人と話すのが苦手なんでしょう? こんな荒れ果てた農場でひとりで過ごしているくらいなら、宿屋に泊まったほうがよく眠れますよ」  そう聞くと、マリーはそっぽを向いた。ふたたび黙ってしまったので、青年は内心なにか悪いことを言ってしまったのかと焦る。 「……この農場は、かつて叔父のものだった」  マリーはぽつりと言った。 「ドン・アレハンドロは農場を奪い、一家全員みな殺しにした。まず最初に男たち、次に女、子どももだ」  青年は言葉を失った。マリーは口下手だったが、その言葉の節々に苦悩の響きがにじみ出ていた。 「婆さんたちは家にあった包丁やフライパンや応戦したんだとさ。それをアレハンドロ一味が面白半分に酒場で語っていたよ」  マリーは下唇をかみしめた。 「あたしは奴らを決して許せない」  その瞳には暗い炎が燃えていた。この美しい女性に、男の格好をさせて賞金稼ぎという後ろ暗い仕事をさせているのは、この猛烈な怒りなのだろうということが、青年にはありありと分かった。 「でも、おまえみたいな優男がドン・アレハンドロに何の用があるんだ?」 「僕は東部の研究所で、生物学者の大先生の助手をしています。ドン・アレハンドロの話は僕の所属する研究所にまで届いているのですが、彼の相棒でいつも一緒に連れているというジリスが、リス科レイヨウジリス属の絶滅したと思われていた一種なのではないかと思い、そのサンプルを採取したいんです」 「なんだって?」  青年が意気揚々と語りだしたのに対して、マリーはよく分からなかったらしい。青年は何度も言い聞かせたが、内容を半分も理解できなかった。 「じゃあ、なんだ、おまえはペットに用があるってことだな?」 「おまえ、じゃありません。僕の名前はトオルです」  と、トオル青年は自分の胸を叩いた。
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