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砂塵が舞うなか馬に跨がり二人はエル・パソの町にやってきた。スペイン人が作った町であり、さらに元はネイティブ・アメリカンが住む土地だったから、今でも様々な人間が集まってくる。店が並ぶ通りには、買い物をしに来た夫婦や、椅子を出して昼間から居眠りをしている老人、使いに出された子ども、主人の帰りを待つ馬など、どこかのんびりした雰囲気だ。
トオルの調べで、ドン・アレハンドロ一味がエル・パソの銀行強盗をやろうとしていることが分かったので、二人はこの町にやってきたのだった。西部の町の一番の社交場と言えば酒場である。マリーは酒場のスイングドアを開けて、カウンターに歩み寄り、25セント硬貨をカウンターに叩きつけた。
「……ウィスキー」
もったいぶった一言に、店主は物知り顔でグラスを出した。だが、そのやりとりにちょっかいを出したい男がいるらしい。薄っぺらい笑みを顔に貼り付けて、わざわざマリーとトオルのところへ話しかけてきた。
「おいおい、おめえがどこの誰だか知らねえが、ここではテキーラだぜ」
「なるほど、さすがメキシコが近いだけありますね」
と、トオルが返事をすると、男はケラケラ笑った。
「なんだ、おめえ。見かけねえ顔だと思ったら、東部訛りか」
「そうです。僕は研究者で、リス科レイヨウジリス属の調査をしています。この辺りの砂漠や乾燥地帯に生息する小動物ですが――」」
「おう、ジリスね。うちにもいるぜ」
それを聞いたトオルは目を丸くして、前のめりに食いついた。
「それは非常に興味深い。ジリスの、指は、何本ありますか?」
「そ、そ、そうだな、よく見たことはないが、5本なんじゃねえの?」
男はトオルの勢いに圧倒された様子だ。一方のトオルは残念そうに大きく溜息をつく。
「リスの指は通常、前4本に後5本です。しかし僕の探している種は、前3本なんです。惜しいですね、あなたのお宅のジリスがそうであれば、わざわざドン・アレハンドロに会う必要もないのですが……」
トオルがドン・アレハンドロの名前を口にした途端、酒場の空気がピリッと緊張した。陽気に会話していたグループや年寄りのグループは、そっと席を離れて遠ざかっていく。さきほどまでニヤニヤしていた男は、急に真顔になると、静かにトオルに尋ねた。
「ドン・アレハンドロに何の用事があるんだ」
そう言いながらテキーラをショットグラスに注ぐ。
すると、二人のやり取りを黙ってみていたマリーが、そのショットグラスをかすめ取って一気に飲み干した。
「なに!?」
男が驚きの表情で振り返る。
「これがメキシコの味か、勉強になる」
マリーはすっとぼけて答えた。男は怒り沸騰してマリーににじり寄る。だが、彼女の顔を見ると、ニタッと気色の悪い笑みを浮かべた。
「なんだおめえ、女じゃねえか。東部の甘ちゃんと女の二人連れとはね」
そう言われたマリーは男の肩に手を置くと、
「少なくともあたしは甘ちゃんじゃない」
と、男の顎を拳で下から殴り飛ばした。男は急襲にバランスを崩してしまい、背中からテーブル席へ倒れていく。それを見ていた男の仲間たちがマリーのところへやってきた。
「オレの兄貴になにをする!」
まず小男だ。前のめりに突進してくる。マリーはひらりとかわして、手で押してやると、勢いに乗って男は転んでしまう。次の仲間が左から殴りかかってくるのを避け、男の右手を封じて、空いている利き腕で顔面を強く殴る。
「小癪な!」
荒くれ者が大振りに顔面めがけて殴りかかってくるのを、マリーはしゃがんでかわし、腹に強烈な一撃をくらわす。そして後ろ首をつかむと、ゴミを捨てるようにカウンターへぽいっと投げた。
「マリーさん、危ない!」
と、トオルが叫んだ。荒くれ者たちが立ち上がり、3人がかりでマリーに向かって来る。マリーは素早く腰に下げた拳銃を取り出して、足元に3発撃った。仲間に遅れて、カウンターから這い出してきた1人には、尻に一発弾丸をくらわしてやる。
「ドン・アレハンドロに伝えろ。ジェシー・マリー保安官の子がてめえに話があるってな」
マリーは銃口をふっと吹いて煙を払うと、くるくる回転させて腰のガンベルトに収めた。荒くれ者たちは店の外へ我先にと尻を抑えながら出て行った。
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