荒野の決斗〜女賞金稼ぎマーサ・マリーに捧ぐ〜

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 二人は宿屋に部屋を借りて落ち着いた。日が暮れて、通りから人影はなくなっている。トオルはコーヒーを淹れて、マリーにふるまった。マリーはソファに深く座り、ぞんざいに足をテーブルの上へ投げだしている。 「マリーさん、昼間は危ないところを助けてくれてありがとうございました。いつも助けられてばかりですね」 「あいつはドン・アレハンドロ一味の下っ端だよ。命が惜しければ、あまりむやみに奴の名前を出すな」 「気を付けます」  トオルは自分の分のコーヒーカップを持って、マリーの向かいに座った。 「それにしてもマリーさんは強いんですね。あんな暴漢をひとりで何人も倒してしまうなんてすごいです」 「馬鹿にするなって何度も……」 「僕は本気です。いろんな人を見てきましたが、あなたほど強い女性は見たことがありません」 「それは……」 「どうしてあなたは、女性なのにこんな危険な仕事をしているんですか?」  マリーはずっと言い淀んでいたが、その言葉を聞くなり、テーブルを蹴とばして立ち上がった。トオルがびっくりしている間に、上着をひっつかんで出ていこうとする。 「ちょっと待ってください!」 「お喋りは嫌いだって言っただろ」 「謝りますから、戻ってきてください。僕たちは一緒にドン・アレハンドロを追う仲間じゃないですか」 「一緒?」  マリーがぴたりと動きを止めた。 「……一緒なわけがない」  すごい剣幕でマリーはトオルの目の前へにじり寄る。その眼光の鋭さにトオルはひるんだ。 「あたしの父親は保安官だった。町のみんなに愛される立派なガンマンだったよ。でもな、ドン・アレハンドロ一味の報復にあって、殺されちまったんだ。父親も兄もみんな。母もそのあとすぐに父達を追うようにして亡くなったよ。  あたしは誰よりも射撃も馬の操縦も上手だったのに、女だから、父さんたちを救えなかった。だから決めたんだ、どんな男にも負けないくらい強いガンマンになって、いつか仇をとるってな」  マリーは一度言葉を切り、軽く首を横に振った。 「なのに、男たちはあたしを馬鹿にして嘲笑うんだ」 「あなたが後悔しているのは分かりました。でも僕は西部の男とは違って、あなたを馬鹿にすることはありません」  トオルは真剣に言った。マリーはちょっと気まずそうにして、部屋から出て行った。トオルは冷めたコーヒーを一口飲むと、窓際へ立ち、通りを見下ろした。荷物をたくさん積んだ馬車が通り過ぎ、安宿がガタガタ揺れた。  夜が更けてもマリーは帰ってこなかった。トオルはひとり静かに書き物をしていた。というのも、西部の賞金首の話は東部にまで届くものの、それを成敗する正義の味方たちの話は耳にしないので、マリーの話を東部へ伝えようと思ったのだ。  なにやら外が騒がしい。やがて、女性の甲高い叫び声がひとつ、夜の街に響いた。ただごとではない雰囲気を察して、窓の外を見下ろす。宿屋の女主人が様子を見に外へ出て、驚いて気絶してしまったらしい。そこでは馬に乗ったドン・アレハンドロ一味が宿の前に集まって、乱暴狼藉を働いていた。  男たちは馬から降りると、宿屋の外に並べていた椅子をつかんで投げたり、窓を割ったり、扉を破壊したりと、日ごろの憂さを晴らすように暴れていた。宿屋の一階にあるバーになだれ込み、勝手に酒瓶を取り出して飲み始める。  やがて、一人の人物が宿屋の入り口に現れた。マリーだ。マリーは暴漢たちの間を進み、椅子に座っているドン・アレハンドロの前で立ち止まった。ドン・アレハンドロは腕を組み、余裕の表情だ。相棒のジリスも、彼の手のひらでトウモロコシの種を齧っている。手下たちは相変わらずガラスを割ったり奇声を上げたりと暴れている。 「気が済んだか?」  マリーはそう言うと、拳銃を抜いた。ドン・アレハンドロも素早く立ち上がり銃を抜く。マリーは椅子を撃つと、宿の奥、階段のほうへ走る。それに気づいた手下がマリーへ向かって撃った。 「あいつだ! やっちまえ!」  一味が集まって来る。マリーはひらりと柱の陰に隠れると、集団めがけて一発撃った。そして後ろ歩きで警戒しながら階段を上がった。廊下を進むと、腕をつかまれた。部屋の中へ導く者がいる――トオルだ。 「マリーさん、大丈夫ですか」  マリーは頷くと、扉に銃口を向けながら、ソファの陰に隠れた。奴らの足音が近付いてくる。 「ここはあたしに任せるんだ。荷物を持って、宿屋の主人に頼んで裏口から逃げろ」 「そんな! あんな大勢を相手にひとりでなんて無茶だ!」 「大丈夫だ」  と言いながら荷物をトオルに押し付ける。 「あとで合流しよう」  トオルをバルコニーへ押し出すと、カーテンを閉めて隠した。トオルは心配しながらも、しぶしぶ、バルコニー伝いに慎重に下の階へゆっくり降りて行った。  銃声がする。部屋の入り口の扉に穴が開いた。何度も、何度も。すぐに扉はボロボロになり、最後の仕上げとばかりに蹴り付けると、大きな音を立てて倒れた。  無頼漢が2人、部屋の中へ入ってきた。ぐるりと見まわすが、誰もいない。  すると、扉の陰からマリーがこっそり表れて、一人目を撃った。その音に気付いたもう片方が銃を構える。 「おとなしく言うことを聞くんだ、お嬢さん」 「名高いドン・アレハンドロ一味がわざわざお出ましとはありがたいね」  マリーよりも一回りも二回りも大きな男が、彼女を狙って撃つ。マリーは器用に前転して避け、距離を取る。そのまま花瓶を手に取ると、男の頭に思いっきりぶつけてやった。よろけたところをすかさずつかみ、柱に抑え付ける。首根っこをつかんで、もう一度殴ろうとしたところで、ふと動きを止めた。  扉の外に、ドン・アレハンドロがあらわれた。手下を数人従えて、先頭に立ち、部屋に入ってくる。その顔は白髪交じりの髭面で、熊のような風貌だ。黒いカウボーイハットからもじゃもじゃの毛がはみ出している。右手に銃を構え、左手で葉巻を咥えていた。その左手の指は、三本しかない。 「ジェシー・マリーの子というのはお前か」  と、ドン・アレハンドロが尋ねた。低いしわがれ声だ。マリーは黙って頷く。 「あの時、忌々しい保安官と一緒に息子たちも殺したと思っていたが……まさか娘とはな」  マリーは逆上して一歩踏み出したが、ドン・アレハンドロの背後にいる手下たちがギロッとにらみをきかせたので、ぐっと留まった。 「俺を呼び出すとは良い根性じゃねえか」 「こっちはおまえを殺す機会をずっと待っていたんだ」 「嬉しいことを言ってくれるね、お譲さん」  挑発に乗るまいと、マリーはいまだ捕まえている手下の一人の首を力を込めて絞めた。手の中で男がぐったりしていく感覚がある。 「方々で俺たちのことを嗅ぎまわっていたそうじゃねえか」 「そうだ。銀行強盗をやると聞いて追いかけてきた」 「正義の保安官気取りか? 馬鹿な父親にそっくりだな」  そう言われ、ついにマリーは我慢できなくなり、銃を抜いた。振り返りながら一発撃つ。手下の一人に命中。あと二発も手下に当たり、死体が廊下へ転がり出る。  それでもドン・アレハンドロは余裕の表情で、にやりと笑った。 「上出来だ、お譲さん」 「あたしと決闘しろ、ドン・アレハンドロ!」  話は終わりとばかりにドン・アレハンドロが背を向けた。マリーが気を抜いた瞬間、さきほど首を絞められていた手下がふらふらしたままマリーに突撃してきた。マリーはひらりと交わし、手下はカーテンを突き抜け窓の外へ落ちていく。  そちらに気を取られている隙に、扉の外から、火炎瓶が部屋の中へ放り込まれた。 「明朝8時に酒場の前だ、それまで生きていたらな!」  ドン・アレハンドロの大きな笑い声が響いた。あっという間に火は燃え広がり、ベッドや木製の椅子が焼けていく。マリーは慌てて、火を消そうとシーツではたくが、かえって火が燃え移ってしまう。仕方がないので、カーテンを引きちぎって結ぶと、バルコニーの下へ投げ、それを伝って外へ飛び降りた。  爆音とともに、宿屋が四散する。炎が燃料に燃え移り爆発したらしい。命からがら逃げのびたが、さすがのマリーも冷や汗が止まらなかった。
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