荒野の決斗〜女賞金稼ぎマーサ・マリーに捧ぐ〜

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 朝。ストリートは静かで、ただ、乾いた風が吹くばかり。歩いているのはマリーとトオルだけだ。だが、普段はこの時間から活気にあふれているはずである。みな、悪の親玉ドン・アレハンドロと女賞金稼ぎマーサ・マリーの決闘に巻き込まれたくないので、家の中で息をひそめているのだ。 「本当に1人で大丈夫ですか」 「あたしの腕前を疑っているのか?」 「そうじゃないですけど……でも町の人もあんまりじゃないですか。みんなドン・アレハンドロ一味には困っているのに誰も手を貸さないだなんて。怯えてしまって家の中に隠れて出てこないんですよ」  トオルは鼻息荒く言った。 「トオルも物陰に隠れて、奴を倒すまで出てくるなよ。おまえが求めているジリスとやらは、そのあとでゆっくり調べればいい」 「そんな」 「言った通りにするんだ」  と、マリーに諭されて、トオルは言い返せなかった。確かに、戦い慣れていない、銃すらまともに撃てるはずもない自分にできることはないかもしれない。でもこの町にだって保安官がいるはずだ。それなのに誰も手を差し伸べることなく、身の毛もよだつ悪漢へひとり立ち向かっていくというのに何もせず、ただ見ているだけなんて……まったく、どうかしている。 「マリーさんは怖くないんですか?」  マリーは答えなかった。だが、その腕に鳥肌が立っているのに、トオルは気が付いた。  トオルは大きく深呼吸した後、ぶるっと体を震わせた。そして柔らかい表情で声を掛けた。 「あなたのお父様は、勇敢な人だったんでしょう。その娘のあなたも、その血を受け継いだ立派なガンマンです。僕はあなたを信じます」  マリーは黙って頷いた。相変わらずの無表情に見えるが、このところずっとそばで過ごしてきたトオルには、彼女の精一杯の感謝なのだと理解していた。  ドン・アレハンドロは酒場のスウィングドアを開けた。目の前の通りには、マリーがひとりで立っていた。その青い目には決意の情が込められている。 「よく来たな」  ドン・アレハンドロは渋いしわがれ声で言った。 「そっちこそ」  マリーはカウボーイハットに手をやった。  お互いに睨み合いが続く。いまだドン・アレハンドロは腰に手を当てるだけで、銃を抜こうとはしない。マリーは足を肩幅に開き、じっとその時を待っている。  ドン・アレハンドロが歩き始めた。砂を踏む、ジャリ、ジャリ、ジャリという音さえ聞こえるくらい、辺りは静かだ。彼はマリーの正面に立つと、ちらりとその首元に目をやった。 「ロケットペンダントか」  マリーはゆっくりペンダントを外し、蓋を開けた。中には家族写真が入っていた。決意を新たにすると、顔を上げ、ドン・アレハンドロを睨む。 「てめえの首には可愛いペットのジリスちゃんがいるんだろうが」 「こいつは単なるペットじゃない。三つ指仲間の大事な相棒さ」  彼は挑発に乗らず、左手の三本指で、ジャケットの中に隠れていたジリスの頭をこちょこちょ撫でた。 「さあ、冗談は終わりにしようじゃないか。準備はいいな」  と、ドン・アレハンドロが言うと、マリーも、 「こっちはとっくにできている」  と、応じた。  ドン・アレハンドロは町の通りの端へ歩いて行った。それを見たマリーもまた、通りの反対側へ行く。やがてふたりは立ち止まり、お互いに睨み合うように振り返った。 「このロケットペンダントが地面に落ちたら、撃つことにしよう」 「わかった」  了承を得ると、マリーは、天に向かってロケットペンダントを投げた。ドン・アレハンドロがそのロケットに向かって一発、二発と撃つ。さらにロケットは高く高く上へ飛んだ。  マリーはハッとしてドン・アレハンドロを睨む。彼はふてぶてしく笑いながら、銃をまたガンベルトにしまった。  ロケットペンダントが落ちてくるまでの時間は無限のように感じられた。それは通りに面した建物からこっそり見ているトオルや町の人たちにとっても同じだった。マリーの青い瞳が、ドン・アレハンドロの暗く淀んだ眼を射抜く。ドン・アレハンドロの埃で薄汚れた顔からは、何の感情も感じ取れない。  やがて、ロケットペンダントが、地面に落ちた。  銃声がひとつ、荒野の町に鳴り響いた。  町の人たちは窓から顔を突き出して通りを見た。マリーが銃を構えたまま、倒れているドン・アレハンドロを睨んでいた。ドン・アレハンドロの手にした銃を狙って撃ち飛ばしたのだ。 「あたしの父親たちに詫びろ!」  マリーが叫んだ。ドン・アレハンドロは倒れたまま、じっとマリーを見ている。彼が落とした銃に向かって動き出すので、肩を撃って阻止する。 「あたしの家族を、あたしの人生を、めちゃくちゃにしたことへ、誠心誠意、謝罪するんだ」  マリーは三度目の弾丸をドン・アレハンドロにくらわした。ドン・アレハンドロはぐったりと倒れた。肩を抑えて倒れたまま、マリーを見詰めている。  マリーは銃を下ろすと、ドン・アレハンドロに向かって歩き出した。  その時だ。 「マリーさん、危ない!」  間一髪でトオルが気付き、ドン・アレハンドロの左手を撃った。だが、その弾丸は大きくそれて、看板に当たる。  ドン・アレハンドロの左手には隠し小銃が握られていた。  あの三本指で撃てるなんて、さすがのマリーも思わなかったのだ。  彼は瞬時に狙いをマリーに向けて定めた。だが、先ほどのトオルの声で再び銃を構えていたマリーに隙は無かった。彼女は素早くドン・アレハンドロの頭を撃ち抜いた。  トオルはマリーのそばに駆け寄った。そして隣に立つと、一緒になってドン・アレハンドロを見下ろす。物言わぬ屍となったドン・アレハンドロは、静かに横たわっていた。  二人旅の目的は達成された。マリーは手際よく死体を担いで馬に乗せて回収し、トオルはジリスのスケッチをとり毛を採取した。本当は捕まえて連れ帰ろうと思ったのだが、ジリスがいつまでもドン・アレハンドロから離れようとしなかったので、一緒にいさせてやることにしたのだ。 「ありがとう、トオル」  マリーが小さい声で言った。トオルは驚いて振り返ったが、その時にはもう、彼女はいつもの仏頂面に戻っていた。 「これからどこへ行くんですか?」  と、トオルはマリーに尋ねた。 「関係ないだろ」  と、マリーは答えた。 ~おわり~
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