焙煎

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焙煎

「やぁ、また来たのかい?」 僕の顔を見るや否や、ため息混じりに君は言った。 「まるで来て欲しくなさそうな言い方だな」 わざとらしく、悲しそうな顔をして言ってみる。 「何度も顔を合わせているんだ。大した変化がない君を見るこっちの身にもなってくれ」 全く酷い言いようだ。 「僕と会うのは飽きるのに、そのコーヒーには飽きないんだな」 君の手にはコーヒーカップが握られていて、香りからして出会った時と同じ物だろう。 「コーヒーには飽きないね。君と違って依存させてくれる」 (それなら僕に依存してくれればいい) そう言いかけて口をつぐむ。 「まぁいいさ。来てしまったからには相手をしよう」 僕は対面の椅子に腰掛ける。 「近頃は寒いね。喉が渇いたよ」 笑みを浮かべて言ってみる。 「君はお湯でもかけられたいのかい?悪いが図々しい奴に出す飲み物なんてここにはないね」 君は両手を大きく広げてアピールする。 「それならコレを貰うよ」 大きく広げた隙に、奪ったモノに口をつける。 コーヒーは苦手なのだが、この際どうでも良かった。 「おい!?それは私のコーヒーだぞ!!」 すぐさまカップを奪われたが、全部飲み干した後だった。 「本当に礼儀知らずな奴だな君は」 ため息混じりに言う君を見ながら笑う。 「結構な値段するだぞコレ!帰る時に請求してやる」 そう言いながらカップに注ぐ。 注がれたカップは自分の手元ではなく、テーブルの中心に置かれた。 「そんなに怒らないでよ、申し訳ないね」 半笑いの状態で謝る僕を見ながらため息を吐く。 「大体君はコーヒーが苦手のはずだろ」 そうだよと返事を返す。 その後何かを言いかけたようだが、咳払いをしてかき消してしまった。 「ともかく、次許可無く奪ったら追い出すぞ」 そう言いながら指を指される。 「分かった分かった!もうやらないよ」 そう言いながらカップを手に取る。 匂いは好きなのにもったいないと思い一口飲む。 「全く、こんな男と一緒にいるなんて…神は私を見捨てたのか?」 飲み終わってから言い返す。 「先に見限ったのはそっちでしょ」 そう言われた女は少し笑った。 神どころか、多くの人を見限ってきた。 捻くれた性格が女にそうさせているのだろう。 「やっぱり苦いよ」 顔をしかめてそう言った。 「私は耳が痛いよ」 女はそっぽを向いてそう呟いた。 それからは、少しばかり沈黙が続いた。 「今夜はもう帰るとするよ」 僕はそういうとカップに手をかけ、残ったコーヒーを全部飲んだ。 空のカップは女の前に戻した。 「飲んだ分の代金がまだなのだが」 僕は笑いながらこう返した。 「それはまた今度にするよ」 それ以上は何も言わず、呆れた様に首を振るだけだった。 ドアノブに手をかけ僕は言う。 「また来るよ、おやすみ」 見送る女は、めんどくさそうに手を振った。
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