クソ生意気な赤ん坊

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「おいコラ! 何やってんねん!」 針を刺したような痛みがお腹を襲った。 「コラ、返事しぃや!」 誰? さっきから私に話しかけてくる口の悪い人は。 「ワシや! ここやで、ここ。わからへんのか?」 へ? これは耳に聞こえているんじゃない、私の頭の中に響いている声だ。 「やっと気付きよったな、あんま手間掛けさせんとってや!」 あの、私に話しかけてくるアナタは誰ですか?  「は? わからへんの? 本気でわからへんのか?」 ごめんなさい、わからないです。 「あかん母親やなぁ、自分の子供の声もわからへんの?」 えっ! 何で胎児が喋れるんですか? 「そんなん知らへんわ! なんしかアンタの腹ん中にワシがおるんじゃ!」 おじさんが居るんですか? それは困ります。 「違う違う、胎児として命が宿ったんや!」 え、でもおじさんは困ります。 「せやからオッサンちゃうわ! アンタの腹ん中でワシは毎日少しずつ成長しとるんや。意味わかるか?」 妊娠しているのは自分が良く分かってます。でも。 「でも。なんやねん」 でも。何でおじさんなんですか?  「知らへんわ!」 赤ちゃんってバブゥとかでは無いんですか? 生まれた赤ちゃんが『知らんがな!』とか言ったら彼は驚くと思います。 「そんなボキャブラリーの無い男を愛したオノレが間違えとるんや!」 それって私のせいですか? でも彼は子供は要らないと言っているので、そんな人を愛してしまった私の選択肢が間違っていたのかも知れません。 「せやからワシを堕胎するん?」 堕胎はしないと思います。私は赤ちゃんが欲しかったし、それでも堕ろせと言うなら彼とは別れるつもりです。 「つもりかいな。じゃぁワシとあのアホ男、どっち取るん?」 今の私にはまだ考えられません。わかりません。 「アホはオノレや! そう悩んどる間にワシはどんどん成長しとんねん! 時間と一緒で、こればっかりは止められへんねん! じゃぁ何で避妊しんかったん? 合意の元で妊娠したんやろ?」 ごめんなさい。 「しっかりしぃや! 今から母親なるっちゅうのに、もうアンタだけの体やないんよ! はよ腹くくれ、バカ親が!」 ごめんなさい、そんなに言わなくても。 「いゃ、いゃぁな。泣かんとってもえぇやんか」 違うんです。こんな大切な事も決められないまま一人で悩んで、ダメな人間だなって思ってしまって。こんな私が赤ちゃんを育てるなんて無理なんじゃ無いかって自問自答を繰り返して夜な夜な泣いて。自分に自信が無くなってしまいました。 「で、ワシを堕胎するん?」 それは。 「ワシ等胎児はな、まだ一人前の人間やないんよ。戸籍も無いし住所もないんよ。生まれて直ぐにアンタの世界の空気を吸って、初めて一人の人間として扱いを受ける。そこからその世界で人間として成長するんよ。アンタもそうやってこの世に降りてきてんで」 はい。 「で、妊娠したこと、誰ぞに言うた?」 私の母に。 「アンタの母ちゃん、なんて言うた?」 電話掛けたら、こんな時間に珍しいなぁ妊娠でもしたか? って。うんって言ったら『おめでとう、これで母親の仲間入りだね』って言ってくれました。 「ほぅ、そないな事を言ってくれはったんか」 はい。でも彼には堕ろしてくれと言われました。彼のお母さんに至っては、どうするの? 私は知らないからねって言われました。この妊娠を喜んでくれなかった。 「そんなんで凹んどるんか? 強い味方のオノレの母ちゃんがおるやん。おめでとうゆうてくれたんやろ?  そっかぁ、ワシもこの世に生まれ落ちたら喜んでくれる人がおるっちゅうこんやな。この調子やと誰も喜んでくれへんかと思うてたけど、待っとる人がおるって嬉しいなぁ」 あの、私決めました。アナタを産みます。産んで育てて、自分に後悔しないように頑張ります! シングルマザーでもいい、貧乏な生活になるかも知れない。だけどアナタを立派な大人に育ててみせます。お母さんと一緒にいられて良かったって言ってもらえるように立派な母親になります! 「そうか。ありがとぅな。  ワシはお前を選んで命を宿した。お前に会いとうて今この瞬間、母体と繋がり親子の契約を交わした。  せやさかいワシはお前に生きて会いたい。お前の血と肉で出来たワシをその手で抱いて欲しい。一人でもワシの命の誕生を望んで喜んでくれるなら、他の赤ん坊の様にオギャァと泣いて出て来てやってもええぞ。  それとな、これだけは言うとくで。ワシはチンチンを無くしてしもうた。どっかに落としてきたのか忘れてきたのか分からんが、なんしか無いねん。チンチンが無いねん」 それって落としたとか忘れるとか、そんな事ってあるんですか? 「さっきまで付いてたんやけどな。おかしいなぁ。しゃぁない、女の子で行こか!」 いやいや、じゃじゃ馬とか止めて下さい。おしとやかの女の子でお願いします。私よりも可愛い女の子で。 「はぁん、どないやろな。アンタちまい頃、相当のじゃじゃ馬やったやんなぁ。お母はん困らせてたやんなぁ」 何で知ってるんですか! 「何でやろうなぁ。ほなまた会いましょ。再会、楽しみにしてるで」 一瞬の痛みは、瞬きのように消えて無くなった。残ったのは頬を伝う涙と暖かい気持ちだけだった。 私はお母さんになる。 そう決めた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加