101人が本棚に入れています
本棚に追加
「あのバカに唆されたわけじゃない?」
正座したミツさんが、手の届く距離に座ったミツさんが俺の腫れた頬を撫でながら哀しそうな顔をする。
唆したなんて、そんな事仙道さんはしない。騙されたわけでもないし、甘言を囁かれたわけでもない。他の男を受け入れてしまったら捨てられるかも、と思ったけど、その後の話を聞いて大丈夫だって思えた。司くんも日下部さんもいた。二人とも止めてくれたんだ、仙道さんを。それに対して「やる」って言ったのは俺だ。
愛されてるって知った。愛してるんだってわかったから。
「嫌な事は嫌だと言わなきゃダメだよ。常に冷静に状況を判断して」
できるかと問われた。できるかどうかはわからないけど、仙道さんの傍にいられる条件がそれならする。できるかどうかじゃなくて、やるんだ。大きく頷けばミツさんは、じゃあ、と笑った。大輪の花が咲いたようだった。
「条件として、月に三日ここに帰っておいで。色々教えてあげる。ついでにあのバカも連れておいで」
母に頭を撫でられた、なんて生前の母は一度もしてくれた事はなかった。赤ちゃんの頃は知らないけど、記憶にある限りあの人は俺に無関心だった気がする。ここ最近は特にそう思う。あの人はこんなに触れてくれなかった。笑いかけてもくれなかった。事務的な事しか話してこなかった。・・・今思えば、だけど。
ミツさんの手はあの人じゃなくて、世に言う『母の手』だと思った。細く綺麗な手をしてる。仙道さんの手は男の人の手だと思ったけど、ミツさんの手はちゃんと男の人の手なのに女性的だ。
「この世界で生き抜くために必要な事を全て教えてあげる。腕力の無い僕たちでも、あの脳筋男たちに置いていかれないようにするための、大切な事を」
そっと抱きしめられて「大丈夫、由貴も朔月も僕が育てたんだ。あなただってまともに育ててあげる」と背中を撫で下ろされる。そう、まるで母にしてもらってるように。
ミツさんは清和会の『母』なのだろう。その『母』に帰ってこいと言われた。ここは仙道さんの実家だと思えと言われて実家なんて知らないと思ったのに、帰ってこいと言われて泣きそうになった。
「彰の事、好き?」
トントンと背中をあやされ、グッと涙を堪えて息を詰めていたらそんな当たり前の事を聞かれる。黙って頷けば「あんなののどこが?」と呆れた声が降ってくる。
最初のコメントを投稿しよう!