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あんなの、じゃない。仙道さんは大切な人だ。
それをわかってもらうために言葉を尽くす。
仙道さんと知り合ってからの事を。
仙道さんが全部教えてくれたんだ。頭を撫でられるとちょっと照れくさい事を。手を繋ぐと離れないでいい事を。抱き寄せられるとふわふわする事を。目を見ると考えてる事が少しだけわかる事を。一人は寂しい事を。キスは気持ちを伝えてくれる事を。泣いていい事を。膝枕はちょっと寝づらい事を。好きな人のワガママは可愛い事を。ワガママは許される事があることを。家族を。友だちを。何より好きだという感情を。
全部仙道さんがくれた事。仙道さんといて知った事。仙道さんを想って胸が痛む事も弾む事も。心が跳ねるなんて表現は他人事だった。心臓がバクバクするって夢物語かと思ってた。行動ひとつで胸がキュンとするなんて話の中の事だと思ってたのに全部現実世界にあって、そしてそれは俺にもある事だって。
一つ一つに「うん」と返事をしてくれていたミツさんは良かったねとまた頭を撫でてくれて、最後に「いい子だね」と額にキスをしてくれた。
いい子ってここの人たちはよく言う。
「あの・・・俺、もうすぐ三十六になる・・・」
子どもじゃないとは言わないけど、明らかにミツさんは俺よりもだいぶ年下だ。いいんだろうか。
「何言ってるの。これから僕があなたを育てるんだよ?云わば育ての親じゃない」
キレイに笑って襖に向かって「龍」と声をかける。音も立てずに開いた襖から、風神が雷神と一緒に入ってくる。そして揃って正座して手をついて頭を下げられて、慌ててしまった。
「清和会相談役、清田龍生です。以後お見知り置きを」
「清和会年寄りの役をいただいております、蒔原知矢と申します。よろしくお願い致します」
屈強な男、それもヤクザさんの役職持ちに丁寧に挨拶されて慌てて同じように「加藤大樹です。お願いします」と頭を下げた。
「そんな事しなくて大丈夫ですよ。それぞれの女房には敬意を持って接するように、それが鉄の掟ですから。自分も自分の女を軽く扱われるのはイヤですし。でも、今日だけです。次回からは親としてキッチリ躾させていただきます」
風神・・・清田さんはそう言って笑う。その横で雷神・・・蒔原さんも笑ってる。
「じゃあ龍生がパパか。ミツはどう考えてもママだもんな。って事は俺は兄ちゃんってとこか。ユキは姉ちゃんだな」
ニヤニヤして清田さんに絡む蒔原さんが「まぁ俺の方が気持ち、若ぇしな」と声を上げて笑う。そうして、ミツさんに「蒔原?」と睨まれてそそくさと出ていく。
まさかこの時は、この光景がこの先何十年も見られるなんて思ってもみなかった。
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