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 次に気がついたとき、彼女は赤んぼうになっていた。赤んぼうだから、明確な思考があるわけではない。  それでも、いま自分を抱っこしている女を嫌う気持ちはあった。  彼女は思いきり泣きわめき、手足をばたばたさせた。 「あらあら、ナナちゃん、どうしたの、ママよ、ほら、あっぷっぷ」  その女は、赤んぼうである彼女の母親らしい。  そばで男の声がした。 「どうしたんだい? どれ、ぼくに貸して」  赤んぼうである彼女は、男に手渡された。なぜかはわからないが、その若い男がひどく好ましく思えた。  彼女は泣きやんだ。 「やーだ、この子、もう泣きやんだ。まったくもう、浩之さんのことが大好きなんだから。焼けちゃうわ」  女が言う「浩之」という名前が、ひどく好ましく思えた。  赤んぼうである彼女は、「浩之」にだっこされ、愛される自分の幸せを感じた。  もしも彼女が大人で、その幸せを言葉にできたなら、きっとこう言っていただろう。 ――浩之さんはあたしのものよ。  赤んぼうの彼女は笑った。  笑い続けた。                              〈了〉
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