1人が本棚に入れています
本棚に追加
3
次に気がついたとき、彼女は赤んぼうになっていた。赤んぼうだから、明確な思考があるわけではない。
それでも、いま自分を抱っこしている女を嫌う気持ちはあった。
彼女は思いきり泣きわめき、手足をばたばたさせた。
「あらあら、ナナちゃん、どうしたの、ママよ、ほら、あっぷっぷ」
その女は、赤んぼうである彼女の母親らしい。
そばで男の声がした。
「どうしたんだい? どれ、ぼくに貸して」
赤んぼうである彼女は、男に手渡された。なぜかはわからないが、その若い男がひどく好ましく思えた。
彼女は泣きやんだ。
「やーだ、この子、もう泣きやんだ。まったくもう、浩之さんのことが大好きなんだから。焼けちゃうわ」
女が言う「浩之」という名前が、ひどく好ましく思えた。
赤んぼうである彼女は、「浩之」にだっこされ、愛される自分の幸せを感じた。
もしも彼女が大人で、その幸せを言葉にできたなら、きっとこう言っていただろう。
――浩之さんはあたしのものよ。
赤んぼうの彼女は笑った。
笑い続けた。
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!