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大学に入ってすぐに出会った相手と恋に落ちて、その愛を育んで卒業式にプロポーズ。社会人になって一年かけてお金を貯めて、いざ結婚式の準備。全てが幸せの中で順調だったというのに、誰が別れを切り出されると思う?
だけどオレは、そんな当麻の手を離して極めて冷静に理由を告げた。
「他に好きな人が出来たんだ」
その言葉に当麻の目が見開かれる。けれど直ぐにまた眉間に皺を寄せて、オレに真剣な目を向ける。
「そんなはずは無い。先週会った時も通話でも、真琴にそんな素振りはなかった」
確かに、オレの当麻に対する愛に偽りも誤魔化しもなかった。昨日までは・・・。
「出会ってしまったんだ、昨日。オレの心を揺さぶる人に」
オレは昨日、初めて会った人に恋をした。6年も付き合い、結婚を決めた相手がいるのに・・・。
それはきっと、にわかに信じられない話だろう。実際、当麻の顔も納得していない。だけど、これならどうだ?
「運命の番、て知ってるか?オレはその、運命に会ってしまったんだ」
ドラマや映画でよく取り上げられるドラマチックな設定。それはほぼ都市伝説化していて、およそ現実味はない。当麻だって眉をしかめている。
「嘘みたいだけど、本当にあるんだ。運命の番に出会ったら、その相手から逃れることは出来ない。姿が見えなくても、その相手のフェロモンを感じるだけで、無条件に発情して身体を交じ合わせたい衝動に駆られる。抑制剤もピルも効かない。番になるか子をなすまで永遠と続く。それはドラマや映画のように決してドラマチックなものじゃ無い。本能だ。出会ってしまったら、お互い獣のように相手と繋がることしか考えられなくなる」
その言葉に当麻の顔がみるみる青ざめていく。
「真琴もそうなって・・・」
テーブルに置いた拳がふるふる震える。
オレはその当麻の言葉に首を横に振った。
「昨日は逃げたよ。発情して危なかったけど、どうにか偶然来たオメガ専用タクシーに乗る事が出来たんだ。だけど次は分からないし、もしこのまま当麻と結婚して番になったとしても、一度出会った運命の番のことを忘れることは出来ない」
その言葉に当麻はぎゅっと目を瞑った。
「他のアルファを胸に刻んだまま、オレは当麻と結婚したくない。このまま当麻にうなじを噛んでもらって運命の糸を断ち切ったとしても、オレの心に刻まれたあの強烈な思いまで消えるとは限らない。もしも消えなかったら?オレは一生、他のアルファを心に住まわせたまま当麻と生きていかなきゃいけなくなる」
そんなの・・・オレには耐えられない。
当麻だけを愛するオレじゃなきゃ・・・100%当麻にだけ染まり、少しの穢れもない愛を持ったオレじゃなきゃ、オレが許せない。
たとえ当麻が、それでもいいと言ったとしても・・・。
「オレには無理なんだ。こんな気持ちのオレを、オレは自分で許せない。だから別れよう」
拳を握り、目を瞑ったまま下を向く当麻はそのまま動かない。だからオレは、そんな当麻を置いて立ち上がった。
「愛してる。だけどもう、傍にいられないんだ。オレを恨んでくれていい」
そう言って、オレはその場を後にした。
当麻はそのまま何も言わず、動かない。だからオレも止まらず、振り返らなかった。
そしてオレは、6年間の関係を終わらせた。
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