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あれから2年が過ぎた。
オレはなぜが、見知らぬ町で喫茶店のマスターをしている。
ここは小さな町の商店街。
最寄りの駅は特急が止まらず、あまり人が降りない。
観光客など皆無で、ここを利用するのは地元民のみ。
そんなほとんど寂れた街に来たのは、ほんの気まぐれだった。
あの日、当麻に別れを告げた日。オレはそのまま駅に向い、ロッカーに預けてあったスーツケースひとつを持って、行先も決めずに電車に乗った。
何気なく乗った各駅停車のその電車は、県をまたいで遠距離を走る。
いつもなら目的地に早く着くために特急しか乗らないのに、あてもない旅だからと各停に乗ったオレは、いつも通りすぎてしまうだけの駅にふと降りてみたくなった。
前の日に出会ってしまった運命の番。その時は運良く逃げてこられたけれど、次に会ったら逃げられないかもしれない。
だからオレは、もう二度と会わないように東京を離れることにしたのだ。
偶然出会ってしまった運命の番。
今まで会ったことは無かったけれど、偶然とはいえ一度出会ってしまったら、また会うかもしれない。
そしてもしまた会ってしまったら、オレは逃げ切れる自信がなかった。
当麻にはああ言ったけど、オレはまだその人を好きかどうかは分からない。
けれど、その人がオレの心に強烈に刻まれてしまったのは事実で、オレはあの瞬間から、その人を忘れることが出来ないでいる。
どこの誰かも分からないその人は、ただ香りだけをオレに植え付けた。おそらく向こうもオレを見ていないと思う。だけど、金曜日の帰宅ラッシュで賑わう駅の構内で、確かにその香りを感じ、オレは一気に発情した。
あんな雑踏の中、オメガが発情するのがどれだけ危険なことか・・・。けれどオレは、そんなことよりもその香りの主を強烈に求める自分に驚き、混乱した。
周りがオレのフェロモンに気づき始め、その人の香りも濃くなって、もうその人のことで頭がいっぱいになりかけたその時、立ち止まっていたオレに誰かがぶつかった。それは、オメガのフェロモンをあまり感じないベータの女子高生だった。余程急いでいたのか、オレの背中にほぼ体当たりのようにぶつかり、けれどそのまま謝罪もなく走り去ってしまった。普段なら腹も立つようなその行為も、半分飛んでいたオレの意識を呼び戻してくれた彼女には感謝したい。オレはその衝撃で我に返り、発情と強烈にオレを引きつけるフェロモンで動かなくなった身体を引きずるようにして、なんとか外へ出た。そして、たまたま客を降ろしたオメガ専用タクシーに乗ることが出来たのだ。
タクシーが走り、駅から離れていくと、オレの発情も治まっていった。フェロモンを感じなくなったからだ。そして混乱する頭がようやく落ち着いてきたその時、ふと運命の番の話を思い出した。
オレの友人に看護師がいる。そいつが以前言っていた、運命の番の話。
その時はそんな、都市伝説のような話を眉唾物のように聞いていたけれど、そいつは最後に言った。
『オレはベータだから関係ないけど、お前はオメガだから気をつけろよ。特にパートナーと決めた相手ができたら、すぐに番んだ。じゃないと、もし相手がいるのに運命の番と出会ってしまったら、相手がいようが、その運命から逃れることは出来ないから』
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