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その時の友人の真剣な顔は、今思えば本当にオレを案じてくれていた。なのにオレは、その話自体を信じておらず、友人はただオレをからかっているだけだと思っていた。
『たとえ運命の番じゃなくても番になれば、運命は切れる。だから心に決めたやつが出来たら迷わずに番え』
やけに詳しかったその友人は、もしかしたら運命の番と出会ってしまったアルファとオメガを知っていたのかもしれない。その友人はバース科の看護師だったから。だからわざわざ、オレに忠告してくれたのかもしれない。
だけど、オレは・・・。
何事にも真面目で誠実な当麻は、オレと付き合っている時、一度もうなじを噛もうとはしなかった。それどころか望まぬ妊娠をしないように必ずゴムをし、万が一の時のためにオレにピルも飲ませた。そしてそれは、結婚を決めてからも変わらず、うなじを噛むのも避妊をやめるのも、ちゃんと籍を入れてからと考えていた。それは大きなリスクを抱えることになるオレのことを、第一に考えてくれていたからであり、それほど大切にしてくれていたからだ。
オレ的にはゴムは発情期以外は付けなくてもいいし、子供ができてしまっても、当麻の子なら構わなかった。うなじだって、衝動で噛まれたとしても、きっとなんとも思わなかっただろう。オレは当麻を愛しているし、当麻もオレを深く愛してくれていたことを分かっていたから。オレたちが一緒にいない未来なんて想像も出来ないくらい、オレたちはお互いを思い合っていた。
なのに・・・。
友人の忠告通り、さっさと番っていれば良かった・・・。
当麻との未来は決まっていたのだから、そんなに律儀に形式に囚われなくても良かったんだ。だけど、その真面目さがまた当麻であり、そこも愛すべきあいつの良さだった。
どの道、籍を入れる前にオレが噛んで欲しいと言ったところで、当麻は噛まなかっただろう。
・・・なんて、そんなこと今さら思ったところで、もうどうにもならない。
オレは当麻と番う前に、運命の番と出会ってしまったのだから・・・。
オレの身に起きたことが運命の番と出会った事だと分かってオレは、全てから逃げることにした。運命の番からはもちろん、当麻からも・・・。
ほんの少しフェロモンを嗅いだだけの相手なのに、オレの心はその人に囚われてしまっていた。当麻への穏やかな愛とは違う。それはまさに本能だった。
好きとか、愛しているとかじゃない。それは欲。
ただ強烈に相手が欲しい。その香りに包まれ、 圧倒的な力で支配されたい。その昂りを思う様打ち込まれ、その精で満たされたい。そしてその人の子を、この身に宿したい。
それは自分でもどうしようもない渇望だった。
理性も何も通用しない。
自分はただの獣だったと認識させられる程、それは強烈な思いだった。
きっと逃げられない。
もう一度会ってしまったら、オレはその本能から逃げることはできないだろう。
そして、そんな渇望を胸に秘めたまま当麻と番って運命を断ち切ったとしても、この身を焦がすような強烈な思いを消すことが出来る自信が無かった。
だからオレは、当麻からも逃げた。
逃げるしか無かった。
他のアルファを心に住まわせている自分が許せなかったから。
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