空の飛び方

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 一人取り残された僕は苛立ちを抑えられずに、枕を掴んで壁に投げつけた。その時、枕の脇に置いてあった遥からのプレゼントがベッドから落ちた。床に当たった時に割れたような音をたてた。僕は慌てて拾って中を確認した。  中身はCDだった。ジャケットの写真は、オレンジ色がかっていて、羽の生えた女性が微笑みを浮かべている。スピッツの『空の飛び方』というアルバムだった。僕らが生まれるより何年も前に発売されていた。  落としたせいでケースの裏面にヒビが入ってしまった。中のCDが心配になりケースを開けた。CDは、鮮やかな空にいくつかの雲が浮かぶデザインだった。ディスクには問題が無さそうだ。  どんな曲なのかが気になりはしたが、僕はCDを再生する機器を持っていなかった。  母親からパソコンを借りて、音楽プレーヤーに取り込むことにした。  スピッツの曲をじっくり聴くのは初めてだった。  中には、好きな相手に対する性的欲求をストレートに表現してあるものもあった。  そして以前、遥に「私たちが幼馴染なのって、奇跡だよね」と言われた理由がわかった。  遥がプレゼントしてくれたというだけで、『空の飛び方』は、僕にとっては特別なアルバムになった。    スピッツを好きになってからは、共通の話題ができ、遥と会話が続くようになった。それでも相変わらず、並んで座っていても微妙な距離は保っていた。  12月21日には遥に誘われて、二人でスピッツのボーカル『草野マサムネ』の誕生日を祝うことになった。  遥の部屋で、ケーキを食べながらスピッツの歌を聴いた。まだ僕が知らない歌を遥からいろいろ教えてもらえて、楽しい時間だった。次の年も、次の次の年も草野マサムネ誕生会は、続けられた。  僕は、遥に聴かせてもらって気に入ったアルバムから、地道に小遣いをためて集めていった。遥は『空の飛び方』と発表時期の近いメロディアスでどこか切ない曲を好んだが、僕はそれよりも前の、棘のある曲が好きだった。  スピッツの曲を聴くたびに、僕と遥がいつか歌の中にあるような甘い関係になれるような気になった。  きっかけさえあればと思いながら何も起こらないままに、僕らは別々の大学に進学した。  
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