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遥が生きていれば今頃、二人でケーキを食べながらスピッツを聴いていた。考えただけで、泣いてしまいそうだった。
僕はただひたすら、時間が過ぎてくれることを願った。僕たちにとって、特別な日に終わってほしかった。
日も沈み、暗くなった部屋で座り込んでいると、僕のスマートフォンが震えはじめた。知らない番号だったので一度無視をしたけれど、すぐにまたかかってきた。仕方なく出ると、いきなり、啜り泣きが聞こえてきた。
電話をかけてきたのは、遥と仲の良かった松村サキだった。
「どうしても伝えたいことがあって、遥のお母さんに電話番号を教えてもらったの」
松村サキは、しゃくりあげながらそう言った。
「遥、夏頃から、距離を置かれてたのをすごく気にしてたの」
ライブへ行くのを断った時のことだと思った。
「それは、遥の彼氏に悪いと思ったからで」
言い訳せずにはいられなかった。一緒にライブへ行かなかったことは、僕自身がかなり後悔していた。
「何か誤解があるって、私、何度も言ってたの」
僕は、言葉の続きを待った。
「遥に彼氏なんかいなかったのに」
あの日、先輩と一緒に歩いていたのは、なんだったんだ?
僕は、なんとか疑問を言葉にした。
松村サキが、「先輩とは大学が同じだから、たまたま一緒になっただけだと思う」と、言った。
僕に、ほんの少しの勇気があれば、誤解なんてせずにすんだ。
「遥が、12月21日に、会ってもらえることになったから、ダメ元で想いを伝えるって……」
松村サキが嗚咽を漏らした。
僕は固く固く瞼を閉じて、必死で涙を堪えた。
「今更、どうにもならないけど、どうしても、遥の気持ちを知っておいてもらいたくて」
電話が終わった後も、僕は、歯を食いしばり続けた。体に熱がたまっていく。
どうしようもない怒りがあった。
自分自身への怒りだ。
遥が僕にかけてくれた言葉、向けてくれた笑顔が、いくつもいくつも脳裏に浮かんでくる。あの頃はすべてが当たり前のように思っていた。
どうにも抑えられず、涙が溢れ出した。
もう二度と、遥には会えないのだ。
僕は、『空の飛び方』に手を伸ばした。ケースの裏面に入ったヒビを指でなぞった。
僕と遥が出会えたのが『奇跡』だったなら、こうやって会えなくなったのは、『掟』なのか『運命』なのか。
「遥……」
僕はアルバムを抱きしめて泣いた。
こうして12月21日は終わった。僕はそのうち眠りにつく。
そして、また、遥のいない世界には朝が訪れる。
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