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私は女優、今だけ女優、心にそう言い聞かせて必死に困った演技をした。するとまーくんの目がきらりと光った。
「わかった! ママ、まーくんについてきて?」
さっきまでの眠気と抱っこへの執着はどこへやら。急に私の手を引いてまーくんが走りだした。私は彼をぬらさないよう、傘を手前でさして後続する。
走り出した気もちも足も、まっすぐに我が家を目指している。
先頭を切って走る小さな彼は、もくもくと煙をあげて走る蒸気機関車みたいだ。「ママ、こっちだよ」。時折ふり返って誘導してくれる彼を、誇らしく思った。
数分の距離を走ったおかげで、あっという間に家のまえだ。私もまーくんもぬれずに帰ることができた。
「ここがママとまーくんのお家だよ」
えっへん、と胸をはる彼が頼もしく見えた。
小さな息子をだましたのは申し訳なかったが、私は「ありがとう」と言って彼の頭をなでたのでした。
〈了〉
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