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ふと、壁にならんだ模型に『坂口』の名前を見つける。透明な小型のモジュールがいくつも並び、それをさらに大きな箱に入れて組み替えることで、自由に部屋をつくれるようになっている。パズルのようにシンプルな分、ごまかしがきかない模型だが、細部までかんぺきに作り上げられていた。
「柾木教授、これは……」
光祐の研究内容とほぼ同じといってよかった。思わず漏れ出た声に、教授が振り返る。
「うん、多葉くんと似たような研究をしてた学生がいたんですよ。残ってくれたら、きみと組んでもらおうかと思っていたくらい」
「まだ在学はしているんですか」
「はい。ほんとうは三月に卒業するはずだったんです。卒論発表の前に、トラブルがあって」
それ以上は語らず、柾木教授はデスクに向き直った。その横顔にも、伊木と同じような悔しさがにじんでいるのがわかった。光祐は一人スタジオを出た。
薄暗い春の廊下をすすむと、華奢な人影が反対方向から近づいてきた。顔を見て、はっと立ち止まる。
「きみ、は」
「クリーニング代」
硝だった。茶色い封筒を渡されて、めんくらって思わず受け取ってしまう。
「なんで職場を」
「呪いの力で、わかるんですよ」
「は?」
「それじゃあ」
硝は相変わらず暗い目をしていた。くるりと背を向けて歩き出したその時、「多葉くん、言い忘れてましたが経費の——」と柾木教授の声が追いかけてきた。廊下に出てきた柾木教授は、光祐の向こうの背中を見るなり、咄嗟に呼びかけた。
「……坂口くん?」
坂口。光祐がはっとするのと同時に、硝もぴたりと静止する。
「待ってください」
振り向かない硝の背中に、柾木教授が一歩近づいた。
「スタジオに戻る気は、ありませんか? 卒業単位はあるんでしょう、研究に没頭できるはずですよ。去年やり残した分まで——」
「すみません。もう思い出したくないので」
硝の声は氷のように冷たかった。
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