ガラスよ、光を透過して

12/52
前へ
/52ページ
次へ
 ふと、壁にならんだ模型に『坂口』の名前を見つける。透明な小型のモジュールがいくつも並び、それをさらに大きな箱に入れて組み替えることで、自由に部屋をつくれるようになっている。パズルのようにシンプルな分、ごまかしがきかない模型だが、細部までかんぺきに作り上げられていた。 「柾木教授、これは……」  光祐の研究内容とほぼ同じといってよかった。思わず漏れ出た声に、教授が振り返る。 「うん、多葉くんと似たような研究をしてた学生がいたんですよ。残ってくれたら、きみと組んでもらおうかと思っていたくらい」 「まだ在学はしているんですか」 「はい。ほんとうは三月に卒業するはずだったんです。卒論発表の前に、トラブルがあって」  それ以上は語らず、柾木教授はデスクに向き直った。その横顔にも、伊木と同じような悔しさがにじんでいるのがわかった。光祐は一人スタジオを出た。  薄暗い春の廊下をすすむと、華奢な人影が反対方向から近づいてきた。顔を見て、はっと立ち止まる。 「きみ、は」 「クリーニング代」  硝だった。茶色い封筒を渡されて、めんくらって思わず受け取ってしまう。 「なんで職場を」 「呪いの力で、わかるんですよ」 「は?」 「それじゃあ」  硝は相変わらず暗い目をしていた。くるりと背を向けて歩き出したその時、「多葉くん、言い忘れてましたが経費の——」と柾木教授の声が追いかけてきた。廊下に出てきた柾木教授は、光祐の向こうの背中を見るなり、咄嗟に呼びかけた。 「……坂口くん?」  坂口。光祐がはっとするのと同時に、硝もぴたりと静止する。 「待ってください」  振り向かない硝の背中に、柾木教授が一歩近づいた。 「スタジオに戻る気は、ありませんか? 卒業単位はあるんでしょう、研究に没頭できるはずですよ。去年やり残した分まで——」 「すみません。もう思い出したくないので」  硝の声は氷のように冷たかった。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加