ガラスよ、光を透過して

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「失礼します」  そのまま遠ざかっていく背中に向かって、柾木教授が「いつでも待っています」と言った。硝は廊下の向こうに消えていった。  柾木教授は小さくうつむき、伊木と同じような目で硝がいた空間を見つめていた。それだけ彼は、坂口硝は、このスタジオの中心人物だったのだとわかる。それは彼の模型をみても明らかで、パーツの精巧さ、造形の丁寧さ、アイデアの斬新さは、群を抜いていた。  あれだけの力量があって、いったいなにが彼を——建築から遠ざけたのだろう? 「経費のファイリングは、来週伝えますね」  光祐が口を開く前に、また来週、といって柾木教授はスタジオに戻っていった。  卒論発表の前に、トラブルが——。  その言葉を思い出し、光祐ははっと口元をおさえた。卒論発表は二月の初旬にある。もし、あの台風の夜に〈トラブル〉があったのだとしたら。逃避のためにあがりこんだ男の家に、自分とそっくりな研究内容のポスターを見つけたのだとしたら。  光祐は口元をゆがめた。 「……呪いだな」  忘れたい、と必死に体をゆだねた硝の姿が脳裏にうかんだ。多分ほんとうに、光祐でなければ、硝はあんな選択をしていなかったのかもしれない。  詮索はよくないと思いながらも、疑問符は光祐の頭から消えてくれない。いったいなにが、彼をあれほどまでに追い詰めたのか?
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