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四月も三週目を過ぎた。新学期の慌ただしさが落ち着かないままの購買の混雑には、まだ慣れない。学生時代は当たり前にここで過ごしていたのに、一度離れると視点が変わるものらしい。できればサンドイッチはもみくちゃにされないうちに買いたい。
レジの行列に並んでひそかに学生たちを見回す。硝とはあれから一度も会っていないが、そもそも大学に来ていないのかもしれない。『卒業単位はあるんでしょう』と柾木教授が言っていたから、おそらく授業に出ずとも、卒論の単位さえあれば卒業できるのだろう。
ポケットには硝にもらった茶封筒が入っている。はやく返したいのに、大学以外で本人に会えそうな場所は検討もつかない。
「324円です」
ピ、とバーコードの音ともに聞こえた声に、光祐は目を丸めた。目の前に、硝が立っている。光祐と目が合うと心底めんどくさそうに眉間にしわをよせた。
「……あんたか」
あの夜はあんなにかわいかったのにな、と思いつつ笑いかける。
「バイト?」
「今日だけヘルプ」
「このあと話せないかな」
「次の人待ってますけど」
ちらりと後ろをみると確かに大行列ができている。
「じゃあ、シフト終わるまで待ってるよ」
小銭を置いてその場を去る。硝の律儀さは知っているので、ああ言えば無下にはできないだろう。
サンドイッチを食べながら購買前のベンチで座っていると、小一時間後、予想通り硝があらわれた。
「なんの用ですか」
「ねえ、なんで僕が柾木スタジオだってわかった?」
隣をすすめるが、硝は座らなかった。
「あのポスターの謝辞のとこに、柾木教授の名前あったので」
そんなに細かく見られていたことにおどろく。
「あと、聞いてたんで」
「え?」
「柾木教授から。四月から、あたらしい講師がくるから、楽しくなりますよって」
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