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ふ、と光祐は笑う。
「とかいってほんとは厄介払いされたのかな」
「心当たりでも?」
「会社そっちのけで色々やってたから」
箱を開けたら苦情がずらずら書いてあったりして、とこわごわリボンをほどいてみると、中身は光祐の名前が彫られたシルバーのシャーペンだった。どうやらちゃんと送り出してもらえたらしい。
「じゃあ、転職ですか」
「そんなところ。四月から大学に戻るんだ」
電気ポットがパチン、と音を立てる。大学、という言葉を聞いて、ほんのわずかに青年のからだがこわばったことには気がつかないふりをして立ち上がった。インスタントコーヒーを注ぎリビングに戻ると、青年は青白い顔で、リビングの奥の作業机を見つめていた。
「建築、やってるんですね」
机には、緑のカッターマット、カッターと鉛筆が置かれ、脇にはスチレンボードの断片や矩尺が立てかけられている。彼はローテーブルをちらりと目で示し、呟く。
「そのシャーペンも、製図用ですよね」
彼の言う通り、贈り物として光祐の名前が彫られたそれは、製図用の0・3ミリのシャープペンシルだった。
「あれ。ひょっとして、同業者?」
青年は答えず、細い首を猫のように伸ばして、作業机の隣に貼られたポスターをじっと見つめていた。
「モジュールごとに設計して、アルゴリズムで組み立てる……」
光祐が会社そっちのけで制作し、去年の学会兼展示会で出したポスターの内容を、青年はつぶやいた。簡潔に、ポスターには載っていない言葉で。
「え。よく知ってるね」
あっけにとられていると、青年がこちらを見た。彼の顔は真っ青だった。
「……大丈夫?」
コーヒーを手渡そうとソファに腰をおろすと、青年の氷のような手が触れた。
「おれ、呪われてるみたいだ」
彼の瞳が潤んだ。
「たすけて」
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