回しぐるま

6/9
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
母乳を飲み終えて満足したのか、いつの間にか麦は腕の中で穏やかな寝顔を見せている。麦を布団に寝かせ、ソファーに座った和香子は再びスマホを手に取った。 『子供の熱 ドタキャン』 手持ち無沙汰に検索窓に入力してみると、真っ先に飛び込んできたのは子供の体調不良を理由に、突然約束を反故(ほご)にされた人々の怒りと失望の声だった。 和香子の行為は、自らネガティブな情報を採集しに行っているようなものだ。そのくせ、画面上に並ぶ言葉にいちいち怯え、傷ついている。 しかしそれらは、いつかの和香子の声でもあった。 20代後半から30代前半にかけて、和香子の周辺では怒涛の出産ラッシュが巻き起こっていた。 27歳で結婚した和香子自身も、その波に乗りたいのは山々だったが、麦を妊娠した頃には30代半ばに差し掛かっていた。 妊活が思うように進まない焦りの中、順調に母になってゆく友人たちに、子供の体調不良を理由にドタキャンされたことも一度や二度ではない。 仕方がないと、頭ではわかっていた。いつかは自分が同じ立場に立つ可能性だってあることも。 それでも、自分の存在が軽く扱われているように感じて、惨めな気持ちなることが少なからずあった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!