1・心踊り

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 東京 高円寺 8月最後の日曜日。  まるで街全体が呼吸をしているようだ。1歩その街に足を踏み出すと、熱せられたアスファルトに蒸された大勢の人間の汗が憂鬱な湿気で埋め尽くし、店先で炙られた牛や豚や鳥の油混じりの煙が商店街を鈍色に染め、路地裏では缶ビールを手にした老若男女が高らかに談笑している。どこもかしこも生命の息吹を感じることができるお祭り独特の雰囲気は決して嫌いじゃない。  遠くで鳴り響く笛やら鉦やら太鼓の音はどこかで耳にしたことがあるようで、遠いお祭りの記憶を辿ってみたけどどれも一致しない。小さい頃に神社の盆踊りで聴いたようなお囃子とも少し違っているようだ。笛の音に標的を絞ってリズムを合わせてみるけどどうもうまくいかないのは、普段耳にするようなJ―POPの拍子とはどこか具合が異なるのだろう。行き交う人の群れに肩が触れ、普段なら電車の乗り降りの時でさえ他人に触れることにも嫌気が差すのにそうならないのは、鼓膜を震わせる異質な音に思考が狂わされているからなのかもしれない。
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