3 移りゆく日常

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 村外れの森のなかの空気は、新緑の匂いに包まれていた。それは俺がその数年吸ってきたどの空気よりも、清涼で、俺は思わず深く息を吐き、吸うのを繰り返した。それを見て横を歩くアレクが笑う。 「そんなに気持ちいい? マルク」 「ああ、こんなに気分がいいのは、この村に囚われて以来のことだよ」 「囚われて? マルクはいったい、何でここに来たの?」 「母さんから聞かされて無いのか? アレク」  俺は草いきれを踏みしめつつ、意外な気持ちでアレクに問うた。木々を渡る風と陽のひかりの心地よさに目を細めながら。 「うん、ただ、マルクには近づいちゃ駄目、って言うばかりなんだ」 「そうなのか」  その時、俺の視界をなにかが掠めた。黒く細長い紐のような、影。それが、アレクの足元を這っている。  ……蛇、それも、あれは、毒蛇だ。 「アレク!」  俺が叫んだ時にはもう遅かった。アレクの膝ががくん、と崩れ、森の木漏れ日のなかに、どさり、とその身体を転がす。アレクの手が力なく垂れ、チイラの青い実が詰まった籠が、俺の足元にゆっくりと落下するのを俺は呆然として見やった。 「噛まれたか……! アレク、しっかりしろ!」  俺は蒼白な顔のアレクの身体を揺さぶった。そしてアレクの膝に痛々しく刻み込まれた蛇の牙の跡に、唇を這わすや、勢いよく毒を吸い出す。何も考えている余裕は無かった。木々を揺らすやわらかな風と、チチチ、という小鳥の囀りを浴びながら、ただひたすらに、俺はアレクの膝から毒を吸って吐き、吸っては吐いた。そのうち俺の体内に入った毒が意識を浸し出す。  俺は急速に朦朧としていく意識のなか、自分の生がこんな形で終わることをどこか意外に思う。  ……てっきり、ヘレナの虐待のすえ、老衰して死んでいくとばかり思っていたのにな……。  俺は思わず笑った。笑ったつもりだった。だが、唇を軽く歪ませることができただけかもしれぬ。それを確かめることもできぬまま、俺の痩せこけた身体は森のなかに転がる。  悪くは無い死に方だ、と、走馬灯のように頭を巡る自らの人生を顧みながら。  ……そうだ、あんな罪をも、犯したというのに。  ああ、そうだ、あの晩、俺はヘレナを……。
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