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「それからね、おハナは、サクラの木になったんだ。鳥がたくさん遊びに来てくれるの。ちょうちょや、他の虫も。たっくさん!」
と、少女の霊は、小さな頭の左右にそれぞれ編みこんだオサゲ髪を揺らしながら、ふんわりと微笑んで、
「……でもねぇ、ちかごろは、なんだか、すっごく眠いんだぁ、おハナ」
と、ふいに大きなアクビをもらした。
陽向は、紫水晶の雫をうるませたような黒い瞳をやんわり細めて、ささやいた。
「おハナは、そろそろ寝る時間なんだよ。またキレイなオベベをきて、やわらかい羽のお布団でねむろうか?」
「んーん……おハナは、お布団のかわりに、たっくさんのお花をかむって寝たいな」
ふっくらした優しいマブタと切れの長い目尻には、悩ましい朱の色を帯びている。
無垢な幼い少女が、江戸時代にこの集落でおこなわれていた『花しず女の祭り』という秘儀に捧げるため美しく化粧された贄であったことを示す証だ。
「いいよ。じゃあ、そうしよう」
月御門の若き祭守は、いとも気軽にアイヅチを打って、少女のアタマをそっとナデた。
古びた廃寺の荒れ果てた庭には、初秋の夕焼けの光がまぶしく降りそそいでいた。
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