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落雷で倒壊した御神木の供養をしないかぎり、村のハヤリ病がおさまらない……と老人たちが騒ぎ出したとき、
「では、私の知り合いのツテをたどって、腕の確かな陰陽師を呼び寄せよう」
そう提案したのは意外にも、この医師だった。
「この村に赴任する直前に、アメリカで精神医学の勉強をさせてもらったんだ。こういう閉鎖的な集落で医師としてやってくには、そのテの見識も必要かと思ってな。で、そこの大学の教授ってのが、とんでもなくコマッシャクレたクソガキだったんだが。まあ、いわゆる神童ってやつで」
と、医師は、自分のコップをグビグビあおるたび、うまそうに「プハーッ」と息をつきながら、
「オカルトを暗示療法として健全に適用するスキルってぇのを教わって、なかなか目からウロコだったよ。今回も、そのコマッシャクレ教授にメールで相談をしたところ、『榛名 月御門神社』の祭守をタイコバン付きで推薦されたわけだ」
「はあー、なるほどですね」
星尾は、気の抜けたアイヅチを打った。
当の祭守たる陽向は、
「明日の祭祀にそなえて、先に失礼します」
と、フスマ戸をへだてた客間に並べられた寝床の片方に、早々にもぐりこんでしまっている。
予想外にすこぶる美味だった医師お手製のヤミ鍋まがいの卓上鍋も、底の方に残った具材が、すっかりドロドロに煮崩れている。
いかんせん、久しぶりに村の外の人間とサシで酒をくみかわす興にのって、中年医師は、なかなかオヒラキのコールを告げてくれない。
客人のコップが空になると見るや、すかさず一升瓶を差し出してくる。ワンコソバのごとく。
「まさか17才の子供がやって来るとは思わなかったが。しかし、なかなかどうして。さすがにタダモノじゃない風格はあるな」
医師は、腕組みをして「ウンウン」とうなずいてから、急にウサンクサげな上目づかいになると、
「しかし、アンタのほうは、ちっとも神主らしく見えねぇなあ」
と、上から下まで品定めするような視線を無遠慮に星尾に浴びせた。
均整のとれた長身に、いかにも女好きのする甘いマスク。
ひとりでに毛先がユルいウェーブをえがく柔らかな栗色の髪。
酒が入ってマバタキが緩慢になると、ことさら妙な色気をまきちらしはじめる、切れの長いハシバミ色の目。
「……ホストかなんかのほうが、よっぽど向いてそうだけどな、アンタ!」
医師はガハハと笑いながら、無意識のうちに星尾を動揺させて、はげしくムセ返らせた。
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