第三幕

1/3
前へ
/10ページ
次へ

第三幕

翌日もカラリと晴れたいい日だった。 昼過ぎに、くだんの荒れ寺の庭に、白木(しらき)を組み立ててあつらえた簡易な祭壇と、その上に同じく白木の(ひつぎ)が置かれた。 『榛名(はるな) 月御門(つきみかど)神社』の祭守たる陽向(ひなた)の指示により、白い正絹を敷きつめられた(ひつぎ)の中には、落雷によって倒壊した桜の老木の、焼け残った根元が寝かせられた。 御神木(ごしんぼく)の根元を人形のごとく見立てて、真新しい白無垢(しろむく)を着付けたばかりか、胸元には魔除けの懐剣を模した短い木剣(ぼっけん)さえ絹の袋に麗々しく入れてあてがわせたものである。 昨日とはうって変わって、パリッとした狩衣(かりぎぬ)差袴(さしこ)を引きしまった身にまとい、頭には烏帽子(えぼし)、手には(しゃく)、足には浅沓(あさぐつ)で神職の正装を凛々(りり)しく整えた陽向(ひなた)は、いっせいに居並んだ村人たちの畏怖と疑念の入り混じった視線を背中に浴びながら、(ひつぎ)の前に立った。 そして、「禊祓詞(みそぎはらえのことば)」を朝早くに筆でしたためておいた奉書紙(ほうしょし)を懐から取り出し、涼やかに()みあげる。 「高天原(たかあまのはら)神留坐(かむづまりま)す、  神漏岐(かむろぎ)神漏美(かむろみ)命以(みこともち)て  皇親神伊邪那岐(すめみおやかむいざなぎ)岐命(みこと)  筑紫(つくし)日向(ひむか)(たちばな)小門(をど)阿波岐原(あはぎはら)に、  禊祓(みそぎはら)(たま)(とき)生坐(あれま)せる  祓戸(はらいど)大神等(おおかみたち)  諸々(もろもろ)禍事罪穢(まがことつみけがれ)を  (はら)(たま)(きよ)(たま)えと(まを)(こと)(よし)を  (あま)(かみ)(くに)(かみ)八百万神等共(やおよろづのかみたちととも)に  (あめ)斑駒(ふちこま)耳振立(みみふりた)てて間食(きこしめ)せと  (かしこ)(かしこ)(まを)す……」 芥子色(からしいろ)(はかま)姿でそばに控えていた星尾(ほしお)は、()み終えた奉書紙(ほうしょし)を受け取り(ひつぎ)の中に納める。 祭壇の手前に設置した献花台には、村人たちに摘み取っておいてもらった色とりどりの庭の花や野山の花が、あふれんばかりに積んであった。 星尾(ほしお)は、皆に向かって、それらの花を持ち寄り、(ひつぎ)の中にある桜の木の人形(ヒトガタ)を飾ってやるように呼びかけた。 村人たちは、にわかにザワザワと活気づき、われ先にと献花台に集まった。 その間に、祭守の陽向(ひなた)は、経机(きょうづくえ)に置いていた大きな笹の葉を左手に取り、 「オン・センダラ・ハラバヤ・ソワカ」 語りかけるように口ずさむと、儀式の護符とすべく「フッ」と短く息を吹きかけ、(ひつぎ)の中の桜木の枕元に置いた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加