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使用人にも気を遣い、決して無茶な要求をなさらない月子さま。私を呼び止める声も遠慮がちで、仕事中の私を困らせてはいけない、と思っていらっしゃるような方なのです。
この方と私は同じ年の頃であるせいか、しばしばお話する機会もございました。本来ならばお傍にいられないような庶民の私ですが、月子さまはきさくに声をかけてくださったのです。
ある春の日。月子さまは掃除中の私を呼び止められました。
「みやさん」
「はい。御用ですか、月子さま」
月子さまの微笑みに釣られるように私も微笑みます。憧れの月子さまにお声がけいただいたので、私はいつものように舞い上がっていたのです。
月子さまは少し遠慮がちにおっしゃいました。
「手が空いたら、でいいのだけれど。優さまを探してくださるかしら。わたし、まだこのお屋敷には不案内でしょう。あなたなら心当たりがあるかと思って」
「申し訳ありません。さきほど帰っていらっしゃったのは存じ上げておりますが、どこにいらっしゃるのかまでは……」
月子さまのお顔がみるみる曇るのを見て、私は慌てて申し上げます。
「優さまのお部屋を見て参りますよ。月子さまは客間でお待ちくださいませ」
「わかったわ。いつも頼ってしまってごめんなさいね」
「いえ。月子さまに頼っていただけるのは光栄ですよ」
「おおげさだわ」
月子さまが口元に手を当ててくすっと笑います。
「ありがとう、みやさん」
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