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ケース3 大学生の青年
ワンルームのパイプベッドの上で、青年が膝を折って座り込んでいた。日が暮れ、夜更けを迎えても、何をするでもなく。
部屋は散らかしたというより、荒らしたという印象だ。写真立ては倒され、アクセサリーも散乱。空けたばかりのゴミ袋にはマフラーやら写真やらと、様々な物が乱雑に突っ込まれ、今は部屋の片隅にある。
淀んだ瞳が自身の膝だけを映しては明滅し、意識も浅い眠りと覚醒を繰り返す。そんな最中、スマホが毛布の下で、くぐもった電子音を鳴らした。
ピロリ。
――私メリーさん、今あなたのアパートの前に居るの。
ピロリ。
――私メリーさん、今あなたの部屋の前に居るの。
ピロリ。
――私メリーさん、散らかってるね。掃除しちゃっても良いよね?
ピロリ。
――この写真のお姉ちゃんキレイだね。もしかして恋人?
ピロリ。
――このマフラー捨てちゃうの? まだまだ使えるのにもったいないよ。それに写真も。2人してこんなに楽しそうにしてるんだもん、捨てない方が良いよ。
ピロリ。
――お洋服さんも、マフラーさんも、畳んであげないと泣いちゃうの。えーんえーんって、シワになっちゃうよぉって。
ピロリ。
――想い出は大切にしなきゃ。楽しいことはたくさん覚えて、辛いことは忘れちゃうの。そしたらね、眼を瞑るだけでね、嬉しい気持ちで一杯になるの。
ピロリ。
――そうそうこないだね、うちのママがアップルパイを焼いてくれたの。大きくて甘くておいしかったんだぁ。そしたらね、面白かったのが、パパが猫ちゃんを頭に乗せて帰ってきて……
ピロリ。
ピロリ。
ピロリ。
やがて青年は、スズメのさえずり声で目覚めた。寝ぼけ眼で室内を眺めると、妙に整っている事に驚かされる。しかし昨日の記憶、特に夜半からは曖昧だ。スマホに並ぶ大量の通知も身に覚えがなく、首を傾げて考えても、やはり思い出せるものは何も無かった。
それはさておき、メッセージアプリを起動させた。お気に入りアカウントの一番上、間もなく設定が外される相手に向けて。
――君と出会えた事は、僕の人生での宝物だよ。今までありがとう。
送信ボタン、ためらう親指。しかし葛藤は束の間で、やがて完了した。
窓の向こうは冬晴れ。散歩にでも出かけるかと、厚手のコートに袖を通した。その時、捨てる気でいたマフラーが、部屋の隅で畳まれているのを見て訝しく思う。しかし考えるのも面倒になり、首に巻き付けた。
やって来たのは河川敷で、サッカー少年の声援や、ジョギングに勤しむランナー達で賑やかだった。日差しは強い。間もなく次の季節が訪れようとしている。
青年は小汗をかいた頃、マフラーを折りたたんでバッグの中にしまいこんだ。そして足の向くまま、気の向くままに歩き続けた。
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