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「習字道具。自分で持てない理由があるんですか」
喜多見は自分より頭一つ分ほど大きな上級生を、無表情に見上げた。
「んだ、このガキ!」
1人が首を傾げ、もう一人が怠そうに頭を掻いた。
「例えば、手を怪我しているとか足が痛いとか。そういう理由があるんですか」
喜多見が動じず、先ほどと同じトーン同じ声質で聞いた。
「はあ?ねえよ、バーカ!こいつが俺たちのを持ちたいって言うから仕方なーー」
真ん中の男が言い終わる前に、彼は後ろに浮いた。
「……おお」
柿崎が思わず声を出した瞬間、右側の男が道路側に倒れ、脇を抜けた車がけたたましいクラクションを鳴らした。
車が通り過ぎると、左側の男がすでにブロック塀に張り付いていた。
「あんたのはどれ」
喜多見は震える小柄な生徒が選んだもの以外の習字道具を3つ持つと、
「理由がねえなら、てめえで持って帰れ!」
それを中央、続いて右、最後に左の順で、頭頂部めがけて叩き落とした。
「……う…うう……!」
上級生たちはアスファルトの上に転がり、立ち上がることも言い返すことも出来ずに呻いている。
小柄な生徒が自分の習字道具を持って逃げ出し、喜多見はその後ろ姿を見送ると、何事もなかったかのようにまた歩き出した。
「すげえ……ははっ」
柿崎は思わず笑った。
わかった。
2人の女子生徒が自分じゃなくて喜多見に惚れた理由。
自分にはなくてこいつが持っているもの。
それは、正義感だ。
類いまれなる正義感。
目にもとまらぬ速さの判断力。
迷いのない行動力。
文句のない攻撃力。
ーーー喜多見龍。
彼こそ真のリーダーにふさわしい。
柿崎は興奮で震える手で、ランドセルのベルトをギュッと掴んだ。
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