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「あーくそ!イラつくッ!ぜ!!」 沢渡は荒い息を吐きながら、その合間に吐き捨てるような声を出した。 「柿崎の野郎っ!ある意味、一番の安全地帯に、一人でっ!逃げ込み、やがったッ!」 バスンッ。 バスンッ。 バスンッ。 バスンッ。 連続する乾いた音が、冷たいタイルに跳ね返る。 「今まであんなにヘコヘコしてきたくせにっ!てのひら返しやがって…!腹立つッ!一人じゃ何もできないくせにッ!」 ーーーそうだろうか。 彼はヘコヘコしているようで、まったく沢渡を慕っていなかった。 尊敬もしていなかったし、讃えてもいなかった。 ただ隣にいて、 時には彼をムードメーカーに仕立て上げ、 時には彼を矢面に立たせ、 強かに上手に操っていただけだ。 それに、一人じゃ何もできない弱い男でもなかった。 現に彼はたった一人で行動を起こし、 誰の助けも借りず、 誰にも責任を押し付けず、 自分が持ち得る全ての武器を持って、 単身、敵の懐に飛び込んでいった。 今頃彼は、何をしているだろうか。 昨夜はちゃんと、眠れただろうか。 泉は風呂脇の人気(ひとけ)のない男子トイレの中で沢渡に蹴られながら、そんなことを思っていた。
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