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朝食に柿崎は現れなかった。 「今日はね、オートミールでパンケーキを作ってみたの。これなら白石君も食べられるでしょう?」 麗奈は上機嫌で着物の袖を留めて腰エプロンをかけながら、踊るように軽やかに温めた牛乳を配っていった。 「ホットミルクが苦手な人は言ってね。お茶もオレンジジュースもあるから」 必要以上によく喋るのに、柿崎のの字も出さない。 ーーーまさか、喰われた? 白石が辻に視線を送り、辻が泉に視線を送ってきた。 十分にあり得る。 生殖本能なんて思い付きで言っただけで、彼女が本当に欲していたかもわからない。 それか精液を吸いとった上で喰べられたか。 虫だって交尾後にオスを喰うメスもいる。 精液を放たれたら即用済みと、喰べられてしまっていても不思議ではない。 「ーー透は」 皆が黙り込む中、喜多見が口を開いた。 「柿崎はどうした」 「…………」 麗奈は鋭い目を一瞬喜多見に送ったが、すぐにミルクの入ったポットに視線を戻した。 「んーとね。寝てる」 「寝てるだと?」 一方喜多見が目を逸らさずに麗奈を睨み上げている。 「多分、疲れたんだと思う。食事は私が運んでおくから」 「…………」 喜多見はまだ納得していなかったようだが、それ以上なにも言わずに、握ったパンケーキを齧った。 泉は黙って咀嚼しながら二人を見比べた。 喜多見と麗奈は同じクラスではなかったはずだ。 粗暴な喜多見と、優等生の麗奈。 対角線上にいる二人が、話しているのも無論見たことはない。 しかし麗奈のは何だろう。 まるで喜多見を避けようとしているような……。 昨日だってそうだ。 吉永の首は迷わずはねたくせに、自分に一番先に歯向かった喜多見には何もしなかった。 それどころか怯えるように着物で顔を覆い、後退りまでしていた。 ―――もしかして何か理由があるのか……? トン。 つま先を蹴られる。 視線を前方に戻すと、正面に座っている沢渡がこちらを睨んでいた。 『早く言え』 唇がそう動く。 今朝トイレで言われた“立候補”のことを言っているのだろう。 ーー言ってたまるか。 もしこの男にあとから酷い仕打ちを受けたとしても。 泉は彼を睨み返した。 すると、 「あ、そうだ。泉君」 麗奈が盆を抱いたままこちらを振り返った。 「お昼ご飯を食べたら、ちょっと付き合ってくれない?」 彼女に背中を向けている沢渡がニヤッとほくそ笑んだ。 ーー向こうから来た……。 泉は思わず息を吸い込んだ。 ーー次は僕なのか?僕が食べられるのか? そんな……。 だって僕は……。 は……! 「水道の調子がおかしくて」 麗奈は言葉を続けた。 「お風呂の準備、手伝ってほしいんだ」 その言葉に沢渡が目を見開く。 白石が振り返り、辻が視線を上げ、喜多見がこちらを睨んだ。 しかし、思いもよらぬ提案に一番の驚いたのは、 「―――え?」 他でもない泉自身だった。
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