5

2/11
前へ
/245ページ
次へ
泉は正面玄関から出ると、井戸の前に立った。 白石と喜多見の姿は見えないが、おそらく井戸脇にある物置かそれとも庭木の陰にでも隠れているのだろう。 試しに手動ポンプのハンドルを上下してみる。 水は出ない。 仕掛けは無事済んだようだ。 どこで麗奈が見ているかわからない。 泉は水が出てこないことを不思議に思う演技を続けながら、ハンドルを上下し続ける。 ギイ、ギイ、ギイ。 錆び着いたハンドルは、高い不快音を響かせる。 「……………」 泉は空を見上げた。 トンビだろうか。遥か上空を大きな鳥が旋回している。 空はすぐそこに見えるのに。 自分たちは目に見えない高い塀に囲まれ、逃げ出すことができない。 まるで蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のようだ。 いつ自分を喰らうともわからない蜘蛛が、ずっとこちらを睨んでいる。 ギイ、ギイ、ギイ。 その耳障りなハンドルの音のせいで、泉は気が付かなかった。 後ろからそろりそろりと近づいてくる人物に―――。
/245ページ

最初のコメントを投稿しよう!

421人が本棚に入れています
本棚に追加